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ブレイブバレット ―決死の弾丸―  作者: 天野鉄心
六章 SB
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④ 意外な誘い

 キールはアイルノン王国王都から馬車で一週間ほどの農村に生まれた。

 山の裾野に広がる田畑の真ん中。人家が十数軒ほど集まっている村落で、宿屋と万屋(よろずや)を営む父母と兄に囲まれて育った。 


 幼かったキールは旅人や老人たちから聞かせてもらった英雄譚に憧れ、英雄を夢見て棒切れを剣に見立てて振り回していたものだ。


 やがて大きくなったキールはより現実的に騎士を目指すようになり、王都近くの大きな町に移り住んで酒場の下働きをしながら剣術道場へと足を運んでいた。


 その入門テストが、剣と等しい重さの金棒を素振りし続けるというものだった。


 だが何日も、何週も、何ヶ月通っても入門の許しはもらえず、一年通った頃に『見込みなし』の判断を告げられて出入りを禁じられた。


 結局、体格や筋力やセンスなどに加え家柄で判断されたと気付き、夢や情熱以外の問題で初めての挫折を味わった。

 だが『それでも強くなりたいのならば』と知らされたのが勇者隊の募集だった。


 ――今となっては正しい道筋とも思えるのだがな――


 カリーリや仲間たちと出会い、『世界最強勇者』という二つ名をいただくまでに成長できたのは、町の道場で勇者隊のことを教えてもらったからだ。




 そこまで自身の半生を顧みた頃、素振りの回数は千回を超え、キールの意識は冴え渡り程よい緊張でしなやかに体が動き心も研ぎ澄まされていた。


 ――この境地に至れなかったから俺は入門できなかった。

 なんて具合いに思わなければ、悔しくて眠れなかった夜が無駄になる――


 キールの人生の中で金持ちの家に生まれなかったことを恨んだり、悔しさに涙したのはこの一回きりだ。


 剣の素振りでいくらか気分の晴れたキールは水分補給をしようとエレベーターへ向かう。


「……よお。キールじゃないか」


「……アイガン」


 エレベーターが開くとアイガンが立っていて、バツの悪そうな苦笑いを浮かべつつ「乗るのかい?」と聞いてきた。


「ああ。食堂で喉を潤してから寝ようと思ってな」


 少し躊躇(ちゅうちょ)したが、キールが乗り込むとアイガンは「そうかい」と答えて扉を閉じた。


 キールは、アイガンが何か話しかけてくるのではと構えていたがそんなことはなく、二人とも無言のまま地下五階のロッカールームで装備を解き、エレベーターで地下七階へと下りた。


「……せっかくだ。少し話をしないか」


「話を? お前と?」


「いけないか?」


「そんなことはないが……」


 また苦笑いを浮かべるアイガンの誘いを強く断る理由もなく、キールはアイガンに連れられるまま宿舎の奥の飲酒スペースへと入った。


「ビールでいいか?」


 カウンター席に横並びで座るなりアイガンが注文を聞いてきたが、キールは酒を飲む習慣がないので答えようがない。


「すまない。

 これまで酒を飲んだことがないから分からない」


「おやまあ。

 生活態度まで勇者様とは驚きだ。

 じゃあ普段は何を飲んでるんだよ?

 ママのオッパイじゃねーんだろ?」


 酒を飲む飲まないの話で『勇者』という言葉を引き合いに出されたことに腹が立ったが、よくよく考えればアイガンは初対面からこんな調子だ。

 自分とアイガンは生きてきた環境が違うのだと思うことにした。


「フレッシュなフルーツジュースだ。いけないか」


「構わんよ」


 キールのつっけんどんな答えを、アイガンはあっさりと流してバーテンに注文を済ませ、タバコを取り出した。


「……ずいぶんこの世界に慣れているようだな」


 キールはアイガンの自然な振る舞いが不思議だったので、ついそんなことを口走ってしまった。

 アイガンはキールの出身地であるアイルノン王国を知っている。ということは、アイガンも何らかの方法や理由で世界を渡ってきたはず。

 そのアイガンが、もとの世界には存在していなかったビールやタバコなどをたしなんでいるのは、やや不自然に感じたのだ。


「……俺ぁ、あんたらと同じ時期にここに来たんだ。

 一週間も違わないんじゃねーかな。

 ま、俺ぁ一度落ちぶれちまった人間だからな。

 こういうことにはすぐ適応しちまうのさ。

 ……お前もどうだ?」


 バーテンからグラスを受け取りつつ、アイガンはプラスチック製の小さな棒を差し出してくる。

 紙製の小箱から突き出たものを思わず摘んでしまったキールだが、タバコへの興味は全くのゼロだ。


「こんなものの何が良いのか分からない。

 使い方も分からないからお返しするよ」


 キールはアイガンの方へタバコを差し向けたが、アイガンはビールの泡を鼻の下にためながら手で制する。


「使い方なんざくわえて吸い込むだけさ。ストローですするみたいにな。

 聞いた話じゃ、本物は紙製で火をつけなきゃならないらしいな。

 だがもう、この世界でも本物は作れないらしくてな。

 それにひどい匂いがするらしいし、有毒物質が入っているから復活させるつもりもないらしい。

 だからってニセモノってわけじゃないが、こっちのは電池式で味付きの水蒸気を楽しむだけだからな。

 体に害はないらしいぞ」


 そう言ってアイガンは手本を見せるようにタバコを咥え、口から微量の煙を吐いた。


 射撃訓練場や宿舎の喫煙スペースでタバコを吸っている人を見かけたことがあるが、こうも間近で見るのは初めてで、こともなげに煙を吸い込んで吐き出すアイガンの動作に少し興味が湧いた。


「……ぐっ、エホッ! ゲホッ!」


「たははっ! おい、大丈夫か?」


 加減せずに力強く吸い込んだためか、キールは盛大に咳込み、その様を見てアイガンは楽しそうに笑ってキールの背中をさすってくれる。


「ち、ちょっとたくさん入っきたから。

 ありがとう。

 煙を吸うものだと聞いていたからもっと刺々しいと思っていたが、意外に甘い香りと味がするのだな」


「スースーするだろ?

 ミントの香りとフルーツの味がついているんだ。

 変な感じだが癖になるだろ」


「う、うん」


 プラスチック状の細い棒を眺めたりいじったりしながらキールは二服目を吸い込む。

 先程よりは上手に吸って吐くことができた。

「大人になったな」とアイガンにからかわれたが、悪い気はしなかった。


 アイガンはビールを、キールはフレッシュジュースを飲み、タバコを吸いながら他愛ない話に興じる。

 が、ふとキールはアイガンをじっと見つめてしまう。


「なんだよ? 何かついてるのか?」


「アイガン。

 初めて会った時とずいぶんと印象が違うな。

 アイルノンのことも知っていたし。

 あんたは一体何者なんだ?」


 キールの質問にアイガンはそっとグラスを置いた。


「お前らと同じで、こっちの世界に来ちまったただの迷子さ」

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