③ 可能性
キールの問いかけに対しグァンダインは顎に手をやって考える。
「……その可能性もあり得るだろう。
そのような場合は『神の御心次第』と言わざるを得ない」
神妙な顔で冗談めかしたグァンダインに、キールはぐらりと体をかしがせた。
「そういうジョークはやめてくれないか」
「失礼。
だがもし世界を作り給うた神がいくつも世界を誕生させて、それぞれにそうしたお茶目な違いを設けているのなら、我々人間ごときには想像できる余地などないではないか。
私ごときでは想像だにできないことだよ。
茶化してしまって申し訳ないが、それほど手に余る話題なのだから」
「そりゃぁそうか。そうだよな」
グァンダインが怒っているのか呆れているのか判断しづらい抗弁をしたので、キールは納得の言葉を返しておく。
様々な学問を学び取り大抵のことに想像が及ぶグァンダインでも、神様のお気持ちまでは想像できるはずもない。
もしできるならばグァンダインは神にも等しい精神を備えていることになる。
「話を戻そう。
神の御心や茶目っ気は横に置くとしても、世の理というものは振れ幅の少ないものと考えられる。
先程の水の例えのように、世界にある液体の形状をとる物質は、冷やせば固まって固体となり、熱すれば温まって気体となる。
こうした決まり事が共通しているうえで、魔物とデ・ミニオンの共通点も多分にある。
キール、先の実戦でデ・ミニオンの姿をその目に捉えたであろう?」
グァンダインらしからぬ茶化しから継がれた言葉は、途中から真面目なトーンへと変わってゆき、ついにはキールを射抜くように真剣な眼差しを浴びせてくる。
そういえば、とキールはナイトビジョンで映し出されていた敵の姿を思い起こす。
無骨でアンバランスな体型と、裂けた口と聞き苦しい声。
キールの記憶にある魔物を想起される部位がつらつらと思い出される。
「……あの姿は、銃撃戦用の装備があったとはいえ、ゴブリンのそれと似ていた、かもしれない……」
もといた世界では何百・何千と斬ってきた魔物、ゴブリン。
褐色の肌を持つ低級の魔物で、小柄な大人ほどの背丈ではあるが獣のように俊敏で力もあり、裂けた口と尖った耳と瘤のような角がある。
人間に似た体型だが言葉や文明は持ち合わせておらず、野外で裸同然で過ごし、獣を狩ったり家畜を襲ったり畑を荒らしたりする厄介者だ。
そのうえ繁殖力が強いため、魔王の手駒として従属させられている哀れな存在でもある。
「言われてみればそのとおりね」
カリーリもキールと同じ想起をしたらしく、すぐに同意を示した。
「そうだろう。
私もデ・ミニオンの死骸を見た時に同じことを思ったのだ。
どうだ、キール。
あのような邪悪で低俗で哀れな生物が、世界という大きな隔たりを超えて存在しうるだろうか?」
キールはグァンダインの言う通りだと思えてきた。
そうとしか考えられない。いや、そうであってほしいと思う。
醜悪な外見と不潔な生活、邪悪な行いや人間への影響。
そのどれをとっても世界という器の中に蔓延って欲しくはない。
「……汚らわしい限りだ」
吐き捨てるように言ったキールをなだめるように、グァンダインは話題を変える。
「違いない。
しかし、ここまでの話が真実であるならば、私とカリーリはこんなに喜ばしいことはないのだよ」
「どういうことだ?」
魔物がデ・ミニオンとして存在していることに喜ばしいことなどないと、キールは憤りを隠さずに問い返す。
「分からぬか?
カリーリの神への崇拝は無駄にならず、その尊き精神はこの世界でも祈りを続けられるのだぞ。
私に至っては、道半ばの学びを極め、魔術の研究も行えるのだ。
これが喜ばしいことと言わず何と言おうか」
グァンダインは立ち上がり、大仰な動作で天に供物を捧げるような格好になる。
「……それは何より、だな」
「……失礼した。
ともあれ、折を見て私の魔術も試してみようと思っている。
世界の理が似ているか同じならば、いや、この世界がもとの世界と同一であるならば、この先きっと私の魔術も活かせる可能性があるやもしれぬからな」
グァンダインの芝居がかった感動の表現にキールが照れくさくなり、それを見たグァンダインは咳払いをしてから居ずまいを正す。
「……可能性、か」
「そうだ、可能性だ。
命ある限り可能性や確率はゼロではない。
諦めたり、手放したりした時点で可能性も確率もゼロになる。
撃たなければ当たらない、ということだ。
……キール。
これは私のお節介なのだがな……。
勇者とはことさらに勇ましいものではないと思うのだよ。
伝説や物語に登場する勇者なぞ、半分はホラ話と思って良い。
無様でも、不格好でも、仲間とどのように戦い、どうやって生き抜いて、何が勇ましかったのか。
『勇者』とは、修めた事に対して与えられる二つ名ではないかと、私は思う」
ベッドからドアまで進んだグァンダインが振り向いて、そうキールに語って聞かせた。
それに対してキールは何も答えない。
「……急がずとも良い。
じっくりと考えてみるといい。
私も、カリーリも、ゲンドウも、ゴルディも。
今日を生き抜いて、明日も生き抜くために色々と考えて試しているのだ。
キールだけが苦しんでいるのではないのだ。
……お節介が過ぎたやも知らん。
私はもう寝るよ。
おやすみ、キール。
おやすみ、カリーリ」
「おやすみなさい。グァンダイン」
「…………おやすみ」
我が子を、弟子を見守るような笑顔を見せて退室するグァンダインに、キールはカリーリより少し遅れて挨拶を返した。
カリーリと二人きりになったキールだが、どちらも黙ったままで寄り添いもしない。
キールは壁にもたれたままだし、カリーリはベッドに腰掛けている。
「……じゃあ、わたしも部屋に戻ろうかしら」
ベッドから立ち上がったカリーリはキールの顔色を伺うようにあえて部屋に戻ることを告げた。
「ああ」
「……おやすみ、キール」
「おやすみ、カリーリ……」
一旦ドアに向かったカリーリだが、チラリとキールを振り返った。が、キールが微動だにしないため、そのまま部屋を出て行った。
「…………クソッ!」
カリーリがいなくなって少し経ってからキールは壁から背を離し、罵声とともに手近な壁を殴りつけた。
幸い施設内の壁は特殊な加工がされた金属なので壊れたりへこんだりせず、ただただキールの右拳に痛みが走っただけで済んだ。
ゲンドウの言葉や態度。
グァンダインからの忠告。
名も知らぬ人々から向けられる『SB』という単語。
いろいろなことがキールの中で渦巻いたり絡み合って、壁を殴ったくらいでは何も晴れない。
キールは入り口付近に立て掛けたままにしてある愛剣を引っ掴み、早足でトレーニングルームへと向かう。
時刻はすでに深夜という頃だが、トレーニングルームの使用はイワンから許されている。
最近ではもっぱら射撃訓練場で銃を撃つことで気持ちのモヤモヤを晴らしていたが、今日はその射撃すら身が入らずに宿舎へ戻ったのだ。
キールにはもう剣を振ることくらいしか思い付かない。
――こうやって剣を振っていると道場の入門試験を受けに行ったことを思い出す。
見切りを付けられるまで何十回も通ったけど、そのたびに回数も分からなくなるくらい素振りをさせられた――
キールの脳裏に少年の日の思い出が蘇る。




