④ キル/デス
キールは自分にあてがわれた部屋に戻り、そのままベッドに潜り込んだ。
『今度の訓練は俺がコマンダーをやる』
キールを突き放すようなゲンドウの言葉とカリーリの申し訳なさそうな顔が、真っ暗な部屋なのに何度も思い返され、どうしていいのか分からなくなった。
『コマンダー』とはいわば隊長やリーダーのことであり、タクティカルが集めた情報を元に戦術を立て、その戦術に則した指示を仲間に発する役割のことだ。
これまでキールが担っていた役割と言っても過言ではない。
カリーリの助言で思い上がっていた自分を変えたはずなのに、仲間から役割を外され、自信を持ちなさいと励まされた。
キールという勇者は今までそんな助言を受けたことはない。
――俺の勇気はどこへ行ってしまったんだ――
真っ暗な天井に問いかけても誰も答えてはくれなかった。
それからの一週間、ゲンドウがコマンダーを担うことがニコライに伝わり、午前中の講習はそれに則した作戦や立ち回りを習った。
また午後のイワンのトレーニングでは、各々の装備する銃がバラけたために個人ごとのトレーニングへと変わってしまった。
そのせいでキールがパーティーメンバーそれぞれと話をするタイミングが失われ、夕食後の自主トレーニングや射撃訓練も個人個人で別れて取り組むようになってしまったので、キールが誰かと話し込んだり相談する機会を持てなかった。
そしてついに、隣の教室C6との実戦訓練の日がやってきた。
大・中・小と広さの違う三種類のシミュレーションルームのうち、今回は十二名以下に対応した小サイズのシミュレーションルームを使用する。
「よう! アイルノンの勇者様御一行じゃないか」
訓練室に入るなりキールたちの姿を見てアイガンが声をかけてきた。
彼の周りには男が三人と女が二人たむろしている。
一見気安い友人への挨拶とも取れるアイガンの発言に対して、彼の周囲の男女はやれやれといった表情をしているところを見ると、キールたちに敵意を抱いているのはアイガンだけだと分かる。
装備はアサルトライフルで揃えられているが、小柄な女がサブマシンガンを持ち、やせた男がスナイパーライフルを抱くようにしている。
「そっちは六人か。
こっちは初めてのシミュレーションだ。
お手柔らかにな」
初対面のメンバーもいるのでキールはありきたりな言葉を述べておく。
アイガンはもう一言二言付け加えようとしたようだが、天井のスピーカーからスタート位置に着くように指示があったので、「へっ」と笑って去っていった。
事前に室内に展開される地形や建物の配置は明かされており、スタート地点に着くと同時に装備の確認を促された。
普段の迷彩柄の制服の上に弾薬や副武装を保持するためのベストとベルトを重ね、無線通信と味方の位置を映し出すバイザー付きのヘルメットをかぶる。
これに主武装の銃を持てば準備万端なのだが、本物の銃を使用しても訓練で実弾を撃つわけにはいかない。
弾丸は訓練用の空砲が準備されていて、銃口の向きなどから被弾の判定を機械が自動でやってくれるらしい。
もちろん被弾した際は相応の痛みが擬似的に与えられ、頭部や心臓を撃ち抜かれたと判定されれば死と同等の痛みに襲われる。
「負けるものか」
キールはアサルトライフルを構え直して、誰にも聞こえない声で呟く。
今回の実戦訓練は、巨大な倉庫が戦場として設定されており、以前に案内されたコロシアムに似た大講堂ほどの広さだという。
その庫内の真ん中には櫓が立ち、スタート位置となる倉庫の両端には二階建ての小屋があって、スナイパーにうってつけの狙撃ポイントだと説明されている。
その他、庫内には箱状の荷物が積み重ねられていたり、ドラム缶という金属製の樽が転がっていたり、、荷物を整理する作業車が停まっていたり、間仕切りの板が立ててあったりと、入り組んだ場所と空きスペースになっている場所とがあるらしい。
ゲンドウが立てた作戦は、まずグァンダインの狙撃場所を確保してカリーリがグァンダインをディフェンスする。
その間にゲンドウが庫内の障害物や遮蔽物を見て取った後に合図し、キールとゴルディが庫内の両脇から敵陣地へ攻め上がる、というものだ。
ニコライの示した基本中の基本をそのまま模したとも言えるが、基本を修めていない者に奇抜な作戦など自殺行為だ。
ましてや初めての武器で戦い慣れていない場所で戦うのだ。
経験値ゼロのうちから奇抜なことなどできようはずもない。
「みんな慎重に頼むぜ! 無線で声をかけあうんだ!」
ヘルメットに内蔵されたスピーカーに教育官のカウントダウンが聞こえ始めると、ゲンドウは気合いを入れるように全員に呼びかけた。
キールを含め全員が「オウ!」と返したのと同時にブザー音が鳴り響く。
訓練スタートの合図だ。
五人は無言のまま駆け出し、グァンダインの狙撃場所として決めていた小屋へ飛び込む。
「よし!」
ゲンドウは小屋の窓からざっと庫内を見回して遮蔽物が狙撃の邪魔になりにくいことを確かめ、短い言葉で合図を出して一番に小屋から出ていった。
その間にグァンダインは狙撃の準備を整え、カリーリも屈んで身を潜めて窓から辺りを警戒する。
キールとゴルディはゲンドウの合図があるまで小屋の入り口で待機する。
「キール、ゴルディ。俺と同じ位置まで前進だ」
小屋の正面にある土のうまで走り込んだゲンドウが、身を屈めて無線で指示を出した。
即座にキールは小屋の右手側へ駆け出し、ゴルディは左手側へ走っていく。
「グァンダイン。正面の小屋の二階にスナイパー。
敵が撃ってくる前に狙撃を。
キール。右から来てるのはポイントマンだ。
他のが後ろに潜んでる。
注意しろ!」
壁際の間仕切りに潜んだキールにゲンドウからの情報と予想が届き、キールの緊張が少し増した。
ゲンドウの指示が細かく的確なことに驚いたというのもあるが、敵が自分に近付いているという状況に、一ヶ月ぶりの戦場の感覚が蘇ったのだ。
ただそれと同時に、接近している敵がポイントマンで、キールが囮を攻撃しようとする隙きを他の敵が狙っているという恐怖心も湧いた。
剣と剣で切り合う戦いとは違い、自分の死角から弾丸が飛んでくるというのは初めての恐怖だ。
キールは緊張も手伝って辺りを注意深く視認しながら、間仕切りから進み出て積み重ねられた箱のそばにしゃがみ込む。
ゲンドウは櫓の近くまで進んだようだ。
と、背後から体を揺さぶるような轟音が響く。
直後に遠くで人の悲鳴と重い物が落ちる音がした。
「ワンダウン」
無線を通してグァンダインの冷静な報告が届いた。
どうやら敵の狙撃に成功したらしい。
思わずグァンダインに賛辞を贈ろうとしたキールは、間近で聞こえた物音に注意を払う。
だが身を屈めて銃を構えたキールの周囲に、金属同士がぶつかり合う音が連続で起こった。
「ゲンドウ!?」
連続して響いている軽い発射音を見ると、ゲンドウがキールの方へ銃口を向けていた。
無線機のチャンネルが同じならば機械が味方と判断して同士討ちをしないように銃が連携するはずなのに、ゲンドウのサブマシンガンはキールの方を向いている。
――そんなに敵が近付いていたのか!――
着弾の音とゲンドウの銃口の向きでキールは自分に迫っている危機を知る。
慌てて壁際から倉庫中央のドラム缶の影へ転がり込むと、キールが背にしていた箱の山の向こうで人の悲鳴が起こった。
どうやらゲンドウが仕留めたらしい。
状況を確認しようとドラム缶の影から顔を出したキールは、ゲンドウが櫓の下でマガジンチェンジをしている姿を認めた。
が、さっきのキールへの援護でゲンドウの位置が敵に知られたらしく、ゲンドウの近くにアサルトライフルの重い着弾音が鳴り響き始めた。
キールからは作業車の影で閃く発砲時のマズルフラッシュが見えるが、ゴルディとグァンダインとカリーリからは死角になっているのか、援護できないようだ。
――俺がやるしかない!――
決意とともに先ほど顔を出した側とは反対側に体を移し、素早く精密照準の姿勢をとってスコープを覗きエイムする。
――アイガン!――
スコープの中央に作業車の影で腰だめ撃ちをしているアイガンを認めた刹那、キールはトリガーを引いていた。
フルオートで連続射撃された十五発ほどの弾丸は、アイガンの胸から喉元に命中し、殴り倒されたように力を失って後ろへ倒れていった。
「やった!」
苦手だったエイムで狙い撃てたことに喜び、思わずキールは立ち上がってしまった。
「バカ! 立つな!」
無線機からゲンドウの注意が響いた時にはキールは弾丸の雨の中にいて、どこから撃たれたのか分からぬうちに意識を失っていた。




