③ 射撃訓練
「――体格に対して平均点。
これがお前たちの現在の体力だ。
このままではこの世界の戦場で生き延びることはできない!」
キールが意識を取り戻した時、まず耳に入ったのはイワンの全否定だった。
気絶したキールはトレーニングルームの壁際のベンチに運ばれて横たえられていたようで、イワンの声の方を向くと変な感じがした。
「これから戦場で戦い抜けるように鍛えてやるから覚悟しろ!」
のそりとベンチに座り直したキールの耳に、相変わらずのイワンの大声が響く。
と、それを打ち消すような清らかな声が左手から聞こえた。
「キール、大丈夫?」
「ああ。気絶して寝かされていたからか少しマシになったよ」
疲労の残る表情ながら自分を案じてくれたカリーリに優しく答えた。
カリーリの表情を見るに、キールが気絶したあとにカリーリのテストが行われたのだろう。
美しい赤髪が汗に濡れて頬に張り付き、顔色もやや悪いように思う。
カリーリの優しい声と意志の強い瞳がいつも通りであればあるほど、その疲れた顔色が可哀そうに思えてしまう。
「……しかし、このまま終わってしまってはお前たちもつまらないだろう。
ただただ運動して疲れただけだからな」
イワンが初めてキールたちの心に寄り添うような声音を出したが、その目に気遣いや優しさの色はない。
「時間は限られているが、この世界の武器に触れさせてやろう」
その一言でイワンに対する懐疑が晴れたわけではないが、キールは自然と背筋が伸びる。
ニコライの説明でも銃の威力や危険性は説かれていたが、まだキールたちは本物に触らせてもらったことがない。
キールは武器に使用目的以外の関心を持つタイプではないが、しかし新しい装備や初めて手にする武器に心が動かないわけではない。
未知の武器を手に取り使用してみたい、という興味はある。
「上の射撃訓練場までついて来い」
イワンはキールたちの返事も聞かずにトレーニングルームを出てしまうので、キールは疲れた体ながらも早足でイワンを追った。
キールがそんな状態なので仲間たちも後から歩調を合わせて追いかけてくる。
エレベーターにすし詰めになり地下三階へと上がると、イワンは射撃訓練場の係と手続きを済ませ、昨日ニコライが使って見せたハンドガンを一丁借り出す。
使用が許可された小部屋まで歩いて行くと、六人が入っても余裕のある四角の空間に腰の高さの台があり、両側の仕切りには鼓膜を守るためのイヤープロテクターがかけられていた。
「細かな説明はニコライがそのうちするだろうから省く。
銃というものは、火薬の爆発で弾丸を押し飛ばし、目標に命中させることで殺傷する武器だ。
火薬は爆発の際に聴力を奪うほどの音を発する。
難聴や鼓膜を破ってしまう危険があるから、イヤープロテクターは絶対に装着しろ!
絶対にだ!」
同席している全員にイヤープロテクターを配りながらイワンは念押しし、全員が耳を保護したことを確かめ、ハンドガンを指し示す。
「ハンドガンは、威力は低いがそれでも人を殺傷できる武器だ。
射程距離が短いので使用する場面は限定されてしまうが、逆を言えば最後の切り札や奥の手として身を守ってくれる銃でもある。
まあ、主武装ではないが携帯しておくべき副武装、というところだ」
イワンの手元で黒光りするハンドガンを注視していたキールは、以前にニコライの手元にあった時には気付かなかった詳細な形状を見、ただの金属の塊から矢じりのような物が飛び出す仕組みではないとわかり、なおさら興味が湧いた。
「撃ち方もシンプルだ。
マズルにある照星と、グリップの上にある照門を合わせ、引き金、トリガーを引くだけでいい」
端的に指で指し示し、イワンはグリップを握りこんで台の方を向く。
台の向こうはだだっ広い空間になっていて、奥の壁までは五十歩ほど、この世界の尺度で言えば三〇メートルというところに人間の上半身を型どった板が吊られている。
さしずめ的といった様子で、イワンは銃を右手に握って差し向け、左半身を引いて狙いを付けた。
イヤープロテクター越しに洗濯物を叩いたようなパン・パン・パンという軽い音がしたが、イワンの手元が小さく上下し炎の発光や煙が生まれるのが見えた。
それらの音や光や煙が銃の発射の作用なのだと思い至り、的に目をやると人型の胸の辺りに穴が三つ生まれていた。
「これが片手打ち、ワンハンドショットだ。
敵と近接戦闘になった際、とっさに撃たなければならない時はワンハンドの方が即座に対応出来るので、こなせるようになっておいたほうが良い。
だがお前たちはまだまだ筋力が弱い。
特に高齢であったり女の場合は筋力不足のためにワンハンドは命中率が落ちる。
その場合は左手を添えるツーハンドショットで筋力不足を補う」
そう言うと、イワンは体を的に正対する向きに立ち直し、グリップを握った右手を支えるように左手を添える。
また軽い音が鳴って的の頭部に穴が三つ生まれる。
「これがツーハンドショットだ。
やってみろ」
振り返ったイワンはゴルディに銃のグリップを向けて手渡した。
ゴルディは自分が一番に指名されたことに戸惑ったようで、確認の視線をキールに向けてくる。
キールは教官であるイワンの主導に従うのが当然と考えたので、ゴルディにうなずきかけてやる。
「おっと、初めてだからな。的を近づけておこう」
イワンは、ゴルディが射撃態勢に入る前に呟き、台にある操作版を触って対面の壁際にあった的を移動させる。
機械の作動音がして的との距離は一〇メートルほどになった。
「……参る」
堅い声で宣言したゴルディだが、ツーハンドで構えた後ろ姿は肩が強張って高く上がり背中が丸まったへっぴり腰で、緊張しているのがありありと分かる。
それでも腕に力がこもり引き金を引く動作はすんなりと行われた。
「うわっ!」
乾いた音のあと、驚いたような声をあげてゴルディはたたらを踏んだ。
弾丸はちゃんと発射されたようだが、正面を向いていたはずの銃口は、ゴルディが打ち終わった時には真上を向いていた。
「力自慢はどうした?」
「こんなに衝撃が強いとは……」
イワンの射撃とは違い、発射の衝撃で腕が持ち上がったことを不思議がるように、ゴルディは両手の平を眺めている。
「次!」
動揺が収まらないゴルディを下がらせ、イワンはゲンドウに銃を手渡す。
「ゴルの旦那でああだったんだぜ? 自信ねーな……」
「トリガーを引くと同時に、グリップを握りこんで反動を押さえ込むんだ」
銃を受け取りながら自信なさげに呟いたゲンドウに、初めてイワンがアドバイスらしい文言を口にした。
「……行くぜぇ」
半信半疑ながらツーハンドで構えたゲンドウは、ゴルディより幾分様になって見える。
「うはっ! コイツは、すげーや!」
軽い音とともにあっさりと射撃を済ませたゲンドウは、手が痺れたのかおどけるように左手をヒラヒラさせる。
「そうだ。
そうやって瞬間的に対応すれば、銃口がブレなくなり狙った所に当たるようになる。
次!」
イワンはまたアドバイスを付け足し、ゲンドウから受け取った銃を今度はグァンダインへ手渡す。
「私は彼らより力がない。それでも大丈夫だろうか?」
「撃つ瞬間の反動は手元で押さえられるのはさっき言った通りだ。
体力や筋力に自信がないのであれば、足を開いて腰を落とすと良い。
へっぴり腰で手だけに力を入れてしまうと後ろに吹っ飛んでしまうんだ」
「なるほど……」
弱音を吐いたグァンダインを叱るのかと思ったが、意外にもイワンはさらなるアドバイスを与え、身振りも付けてグァンダインを指導する。
もといた世界では五十歳を過ぎると老人扱いされるが、そのグァンダインがゲンドウに見劣りしないほどしっかりと射撃態勢をとった。
「……当たっ、た?」
発砲音のあと、的を見たグァンダインは驚きとも感動ともつかない声でイワンに確かめていた。
確かに人型の的の向かって左端に弾丸がかすった傷が出来ていた。
「初めてにしては上出来だ!
ただ、中心よりも左にそれているし足腰の力が足りていない。
その二点を鍛えれば狙い通りに当てられるぞ!」
「ありがとうございます」
グァンダインは気付いていないかもしれないが、実は発砲のタイミングでイワンが彼の腰に手を当てて補助を行っていた。
その上でアドバイスと褒め言葉を送ったイワンの態度は、キールから見ると意外に思えた。
「次は、わたしですね?」
「ん。やってみろ」
グァンダインと入れ替わるようにして進み出たカリーリに、イワンは銃を手渡したあと、キールに手招きしてカリーリの後ろに立たせた。
――どういうことだ? 女性だから? それともカリーリの筋力を侮っているのか?――
まるでカリーリが発砲と同時に後方へ弾き飛ばされるのを予見するような指示に、キールは再びイワンの考えに疑いを持ってしまう。
「ヤッ!! ……ご、ごめんなさい。ありがとう……」
「いや、大丈夫か?」
「……平気よ」
イワンの予想通りなのか、カリーリは発砲と同時に待ち受けていたキールの元へ飛んできた。
幸いカリーリに怪我の様子はないようだが、手が痺れたのか銃を取り落としてしまっていた。
「今のは射撃の衝撃を想像できていなかったな。
グァンダインと同じ様に筋力不足の補い方はちゃんとある。
音や衝撃に慣れれば今みたいにはならないだろう」
「はい。ありがとうございます」
キールの手を離れ頭を下げたカリーリは、イワンの言葉が図星であったようで、キールを振り返って短いウインクを投げてきた。
「次はお前だ」
カリーリの落とした銃を拾い上げ、イワンはキールへ差し出した。




