② トレーニングルーム
一夜明けて――。
パーティーメンバーが復習に付き合ってくれたおかげで、この日の午前の講習はスムーズに進んでいった。
「一晩でこの成果とは、さすがは勇者隊ですね」
ニコライはおだてるようにキールを褒めてくれたが、そんな言葉でのぼせ上がる勇者ではない。
キールはニコライに謝辞を述べつつ、『仲間たちのおかげだ』と強く心に留めおいた。
ニコライの講習は相変わらずの説明ばかりだが、人類が魔物たちと三千年も戦っているうちに、幾つもの国が滅びそのたびに幾つもの国が興ったのだと説いていた。
――俺たちがこの世界に来てしまって、アイルノンはどうなってしまっただろう?
この世界の国々の様に滅びたりしていなければよいのだが……――
この世界の人類の歴史を知れば知るほど、キールはもといた世界のことが気になって仕方がない。
しかし、この世界もデ・ミニオンなる者共と戦っている最中だし、元の世界への戻り方も分からないとなれば、キールたちはこの世界で戦うしかないと考えている。
幸いにも自分たちは『世界最強勇者隊』と呼ばれたことのある戦士だ。
どんな世界へ移ろうとも、戦いに対して臆することなどない。
午前の講習が終わり、昼食を挟んで午後からは初めてのトレーニングの時間だ。
訓練施設のあちこちに設けられた壁掛け時計や、制服とともに配られた腕時計を使いこなし、キールたちは時間通りにC7トレーニングルームに集まっていた。
時間通りに天井のスピーカーからチャイムが鳴り響き、トレーニングルームのドアが開くと、ニコライと一緒に初めて見る男が入ってきた。
やはり自分たちやニコライと同じく、迷彩柄と呼ばれる緑や茶色がまだらに染色された制服に身を包んでいる。
「彼の名前はイワンと言います。あなた方のトレーニング全般の指導と、銃火器の扱い方を指導してくれます」
ニコライに紹介されたイワンは、一歩進み出て直立し、音がするほど機敏に敬礼をした。
「お前たちを指導するイワン伍長だ!
戦場で立派に戦い抜ける体力と筋力、そして技術を授ける!
厳しい言葉を使うこともあるが、お前たちが諦めたりへこたれたりしない限り、俺もお前たちを諦めない!
全力で指導するから、全力で答えて欲しい!」
イワンは、キールたちからさほど離れていないのに耳が痛くなるような大声で自己紹介をし、敬礼から直った。
もといた世界ではあまり接することのなかった熱血漢に、キールたちは返事に困ってしまってとりあえず返礼をしておく。
「遅ぉい!
動作は機敏に! 素早く! 常に全力だ!」
またイワンががなり立ててキールたちの敬礼の遅さを叱った。
叱りながら実演してみせるあたり、かなり熱量の高い熱血漢のようだ。
イワンの趣向を察したキールたちは、イワンがやったように右腕を素早く鋭く持ち上げ、指先を額にピタリと付けて見せた。
「上出来だ!」
「すみませんね。
少々暑苦しいですが、戦場や団体行動には必要なことなのです。
へこたれずに頑張ってください」
キールたちの敬礼に満足顔のイワンの後ろで、ニコライが励ましとも同情ともつかないセリフをつぶやき、そのまま敬礼をしてトレーニングルームから出ていってしまった。
「まずはお前たちの現在の限界を知るために、テストを行う!」
ニコライの嫌味や皮肉など聞いてなかったかのようにイワンは一つ柏手を打ってキールたちの注目を集める。
「テスト、ですか?」
「そうだ!
どこにどれだけの筋力があって、どれだけの持久力や瞬発力があるのかを知れば、鍛えるべき箇所と、やるべきトレーニングがハッキリするのだ!」
イワンが唾を飛ばして説いた理屈は、世界は違えどキールには納得できるものだった。
というよりも、そもそもキールたちは戦うための訓練を積み、勇者隊となって数多の戦いをくぐり抜けてきた実績から、『世界最強勇者隊』の二つ名を戴いていたのだ。
体力や筋力にはそれなりに自信があるので、イワンの言葉を余裕を持って聞くことができた。
ところが、テストが始まってそうそうグァンダインに災難が降りかかった。
ランニングマシーンという歩調に合わせて土台が動く機械の上でのテストの際、一定の速さでどれだけの時間走り続けられるかを測っていて、限界を超えてしまったために足がもつれて転倒してしまったのだ。
「まだまだテストは続く! 痛がってないで立ちたまえ!」
「……は、はい!」
イワンの有無を言わせない言葉に、グァンダインは痛みを堪えてなんとか返事を返し、立ち上がる。
グァンダインはどちらかといえば魔法での支援と頭脳担当で、腕の太さはカリーリに負けているほどだが、それでも過酷な魔物退治の旅を続けていた勇者らしくそこらの若者に体力で負けることはない。
それでも仲間の中では高齢であるグァンダインに過酷なテストをさせていることに腹が立ったが、何よりも転倒して体を強かに打ち付けたグァンダインに対して、イワンが気遣ったり心配しないことに怒りが湧いた。
そうこうしているうちに今度はゲンドウが腹を押さえてのたうち回る。
どうやら腹筋の強さを測っている最中に筋が釣ってしまったらしい。
「軟弱者! 気合を入れろ!」
またしても手当すら行わずに罵るイワン。
「馬鹿者! 補助がよそ見をするな!」
キールがイワンの態度に気を取られているうちに、鉄棒の両端に重しを付けた器具を上げ下ろししていたゴルディが、腕力の限界に達して重しが胸にのしかかって苦悶の声を漏らしていた。
こうした事故を防ぐためにキールが補助につかされていたのだが、イワンはキールの感情など知らずに罵ってきた。
「すまないゴルディ。大丈夫か?」
「ゴホッ! な、なんとかな……」
重しを取り除いてやると、咳き込みながらもゴルディは起き上がって答えてくれた。
「……どうやらここが限界らしいな。休んでいろ。
次は貴様だ!」
キールとゴルディの居る器具へ近付いてきたイワンは、ゴルディの疲弊した様子を見てテストを切り上げてしまい、今度はキールのテストをスタートさせた。
「……分かりました」
内心ではイワンに抗議したいことがあったが、一通りのことを済まさねばと考え、沸々とした怒りを抱えたままイワンに従う。
最初にグァンダインが足をもつれさせて転倒してしまったランニングマシーンで走り続け、イワンからの「そこまで!」の号令が出るまで走り切ることができた。
この時点でキールは大量に汗をかき、呼吸も乱れ、手足に痙攣がおき始めていたがイワンを見返すためにすぐに次のテストに移る。
次はゲンドウが腹筋を釣らせてしまったシットアップペンチに寝そべる。
シットアップペンチは、斜めになった台の頂点に膝を引っ掛け台の脚に足首を固定することで、頭を膝より低い位置にして起き上がる動作で腹筋が鍛えられる装置だ。
疲労が積み重なる中、キールは太ももとふくらはぎで台を締め上げ、首に当てた両手で引き上げるようにして腹筋を酷使する。
ゲンドウが腹筋を釣らせてしまうのも納得してしまうほどキツイ動作だが、イワンに吠え面をかかせたい一心でキールは何度も体を起き上がらせる。
「次だ!」
キールの意識が朦朧とし、筋肉が悲鳴をあげ始めた頃にイワンから次のテストへ移る指示が出た。
キールはゴルディが重しに押しつぶされそうになったベンチプレスを開始する。
シットアップペンチと違って床と平行なベンチに寝転がり、鉄棒の両端に金属の重りをはめ込んだバーベルを腕の力だけで持ち上げる。
グァンダインとゲンドウが補助をしてくれる中、キールは痛みや震えをこらえながら何度もバーベルを持ち上げる。
イワンの合図が出るまで何度も、何度も。
「クッ……!」
「頑張れ! キール!」
汗が流れ、呼吸を乱し、歯を食いしばるが、とうとうバーベルが胸の上から上がらなくなった。
目をむき、体中の力を振り絞るが、バーベルは上がっていかず、腕から力が失われてむしろ下がってくる。
――もう、限界だ!――
先程のゴルディのように、キールの胸の上に重たいバーベルが落ちてくる覚悟をした時、イワンの声が響いた。
「そこまで! まあまあの成績だな」
バーベルを仲間たちに取り除いてもらって気が抜けたのか、キールの意識は薄れ始める。
が、キールの胸の内にはイワンに対する明らかな反発心が消えずに残った。




