桜庭ももか
高校時代、三年生の抜けた女子バスケットボール部の部長であった光莉は、自身の置かれた立場に不安を覚えていた。しかしチームメイトの桜庭ももかの存在がその心持ちを変えさせた。
高校二年生の冬、女子バスケットボール部、インターハイ本戦、二回戦敗退。
最前線で戦い、基盤を支えていた三年生が抜けたチームを、私は次期部長として引っ張っていくことに鬱屈した気分でいた。
ついこの間まで部を支えていた柱たちが一斉に抜け、また一からこの集団の団結力やまとまりを構築せねばならないという大変な役割を負い、今にも押しつぶされそうな心地。
体育館と校舎をつなぐ、照明の切れかかった冷たい廊下を行くとすぐ脇に部室がある。冬休みに入ってまもなくの朝練のため、私は他の部員より一足先に到着し一人白い息を吐きながら向かい、先日元部長から託された「女バス」と書かれたキーホルダーのついた鍵を、震える手でバッグから取り出し、中に入った。部室とはいったもののミーティングや試合映像の確認などは専ら顧問の付き添いの下、体育館内で済ませるので、ただ単に着替えだけをする簡素で寒々しい部屋であった。
私は運動着に早々と着替え、体育館へと向かう。
重苦しい鉄の引き戸。ギィギィと不快な金属音と共に開き、暗い体育館の内構が見えはじめる。断裂されていた冷たい外の空気と中の空気が混ざり合い、この寒い季節がいつまでも続いていくように感じられた。しばらくは終わらない私の部長生活が、永遠の継続を伴う苦行かのように予期させた。
――午後一八時、練習終わりの部室。
休日の練習参加は自主制であり、三年生の抜けた部員数は十名に満たない。
「今日もモモ凄かったー」「やっぱりおっきいよね」口々に羨望を集め、周りからの期待と信頼、そして絶大な人望を博していた。それが我が女バスのエースである、桜庭ももかだった。
顧問から打診を受け、副部長になった彼女のことを私はなんの毛なく、よく見つめていた。
一七〇を悠に超える身長、長い手足、首筋あたりで綺麗に整えられた後ろ髪、柔らかな小筆を思わせる眉毛、周囲から絶えず愛を集めてしまうような瞳。
試合中、近くから、しかし遠く、そのしなやかな体躯を無自覚に目で追っていた。抜群のセンスと体格、今年のインターハイ本戦にチームを導いたのは、間違いなく彼女の活躍があってこその成果であった。
部活終わり、人の群は、まるで桃香が引力を有するかの如く自然と引き寄せられていく。
知らず知らずのうち、いや、最初から自覚していたかも知れない才能の差に、私は嫉妬を特に覚えることはなく、むしろクールだった。
彼女を中心に形作られていくチームの連携を、私は滞りなく滑らかに遂行する。部長であるからといって、必ずしも他より抜きん出た術を用いる必要はない。そう考えると、今朝まで感じていた寒々しい震えが止まり、熱を帯びた活力が底から湧き出でてくるような心地がした。
そんな風に思わせてくれる彼女を、私はこれまでより一層に信頼たる人物であると認めた。それと同時に、桜庭ももかという存在が私の中で、大きく比重を占める依代のような価値を形成していくのを覚えた。