第5話 雨
正顧問の戸田先生が、久しぶりに部活に顔を出したと思ったら、雨が降ってきた。
「雨が降ってる⁉︎」
「うん、降ってるよ」
「うわ、本降りだな〜」
部活が終わったので、廊下の方に目をやり窓の外を見てみると、雨が降っているような、そんな雰囲気があった。
“雨”に対して持つイメージはプラスだろうか、マイナスだろうか。日本には“雨”にまつわる表現が何千個もあるというが、それは、“雨”にさまざまな思いを乗せてきたということなんだろう。
フランスというのは、しばしば“愛の国”と呼ばれる。しかし、日本人の恋愛にまつわる感性は豊かで特殊で——フランス以上かもしれない。
とにかく僕は、風邪をひかないように、できるだけ雨に濡れないようにして帰らなければならない。
ザザザッ ザー ザッザッ ザー シャシャシャシャシャー
ケータイの予報を確かめても、この先1時間以上止みそうにない。そこへ戸田先生が提案をしてきた。
「部室の鍵は私が戻しとくから、雨がひどくならないうちに早く帰りなさいな」
「僕、傘持ってない。ヒカリ、入れてよ」
「そうしな、ねぇ。ヒカリ、入れてあげなよ」
戸田先生からのまさかの一言により、いや、先生の一言はなくてもよかったのかもしれないが、ヒカリは僕を傘に入れることを承諾してくれた。
ザザッ サー サー ザッザッ ザー シャー ザザッ シャー
雨が降りつづくのを退屈に聞きながら歩いていた。早く止んでくれないかな、どうせ通り雨だろ、と思いながら。
先に口を開いたのはヒカリの方だった。
「雨、まだ降ってるね」
「ああ」
「雨、明日まで降るのかな」
「どうせ通り雨でしょ?」
僕は今、ヒカリと1つ傘の下にある。別に変な意味はないし、1つ傘の下にある、それ以上でもそれ以下でもない。
相合傘——多くの人は、そういう関係を背後に見出すだろう。しかし、僕はヒカリとそういう関係にあるわけではない。
しかし、そういう雰囲気を期待しないわけでもないのではないのか。この状況に戸惑いつつも、少し楽しんでいる自分がいるのではないか、と思うわけである。
だから、突然ヒカリがあの一言を発した時には狼狽を隠しきれずにいた。
「誰かが見たら、どう思うのかな」
「……」
駅に着くと、ヒカリに礼を言って、2人で電車に乗った。それからは特に何も話さなかった。が、会話がない分、余計に頭の中でいろんなことを考えてしまった。
最寄り駅の改札を出る頃には、雨は小降りになっていた。
つづく