第67話 ゲブラー火山の大決戦4・栄光
小スフィンクスとサラマンダーが死に、戦いが終幕を迎えるかと思っていた。しかし、大スフィンクスの視線は俺本体の近くの鎧兵を捉えたまま動かない。完全に殺す気だ。
鎧兵だけならどうにかなったかも知れない。だが今は俺本体が火口に落ちてしまっている。下手に動けば狙い撃ちされて死ぬだろう。
最悪の展開だ。どうする? 戦うか?
だけどヤツの触手のような進化した棘体毛を避けて攻撃する術はない。何より今は火口にいるわけで、立っているだけで体力が消耗している。いくら魔法の鎧でも暑いし、息もしづらい。長時間の戦闘は無理だ。
ならば逃げるか? しかしそれも自身の撒いたスライム液によって足場が滑りやすくなっていて極めて難しい。仮に登れてもスフィンクスから逃げ切るのは厳しいだろう。ヤツの天敵はもう居ないのだから。
八方塞がり。だが一つだけ綱渡りの策がある。戦うことも逃げることも出来ないのなら隠れるしかない。つまり“死の偽装”。相手に鎧兵を壊滅させることで勝利したと思い込ませる……!
しかしそれを行うには自動再召喚を止めなければならない。それ自体はクリエイティブモードに切り替えれば可能だが、鎧兵が減れば減るほど俺本体がターゲットにされる確率は上がり、さらに無防備になる。一手のミスで詰みだろう。
「それでもやるしかない……!」
刹那の思考が終わり、行動に移す。その瞬間、敵も攻撃を開始した。
こちらの鎧兵をあえて減らしていく。少しずつ、少しずつ。違和感を持たれないように敵の攻撃に合わせて消していく。
「オオオオ!!」
全身を締め付けられるような咆哮が響く。
敵の全ての棘体毛が逆立つ。もう一度大技を撃つ気か。突然変異体なだけあって連発できるようだ。
これはピンチではあるがチャンスでもある。全てをかわすことが出来れば隠れ場所が増えて、さらに鎧兵を一気に消せる。
鎧兵は450体、鎧馬などの召喚獣も450体、計900体。これを気付かれない程度に収納しなければならない。
出来るか? いや、やるしかない!
覚悟を決めたと同時、敵の棘体毛が全てを破壊すべく射出された。
「うおおお!」
気合いの叫びを上げて、聖騎士団をおよそ二つに分け、俺本体とその部隊はスフィンクスから遠ざかり、もう一部隊は逆に近付けていく。
攻撃を受けた鎧兵は再召喚と同時に収納していく。
だがさすがの俺でも馬に乗って死と直結する攻撃を避けながらの操作はミスをする。落ち着け、焦るな。少しずつでいい。
被弾、再召喚、収納、操作ミス。
850体、860、840、850……。ミスも重なり遅々として進まない。それでも焦るな。確実に、確実に。
豪雨のように降り続ける棘。それでも手は止めない。
500、450、400、350……。
バイトをワンオペで回していた時のことを思い出す。その時も大量に来た客を絶望しながらも何故か捌けてたんだよな。火事場の馬鹿力みたいなものか。人間追い詰められたら何だって出来るもんなんだな。
60、50、40、30……。よし、行ける!
勝利を確信した時だった。遂にスフィンクスが俺本体の部隊を視認した。
「……! マズイ!」
スフィンクスは躊躇なく攻撃してきた。一瞬で棘のミサイルが周囲を囲む。逃げ場がない。
ヤバい、無理だ、避けれない、死——!
走馬灯が流れる。終わりを覚悟した瞬間。
——上、右、左、右、右、左、ジャンプ。
謎のコマンドが頭に浮かんだ。なんだっけこれ。あぁそうだ、占い師クズヨさんの教えてくれた謎コマンドだ。こんな時にクソがよぉ! でももうこれに賭けるしかない!
正面には溶岩に刺さった棘体毛の壁。高過ぎてどう見ても上には行けそうもない。
「上なんて行けねぇよ! クズヨぉ!」
死んだらクズヨの枕元に化けて出てやるとか、呪い殺してやるとか、既に死後のことを考え始めた時だった。目の前の壁がわずかに傾き、急斜面のようになった。
き、奇跡! 俺は全速力で坂道を駆け上がった。直後、他のルートに敵の棘が降り注いでいた。生存するにはこれしかなかったことが分かる。
クズヨコマンド信じていいのか? 疑念は拭えない。でも信じるしかねぇ!
吹っ切れた俺は、乗っていた棘を降りて適当に右へ馬を駆る。すると左側の地面に棘がぶっ刺さってきたが、これも回避に成功。
「すげぇ、すげぇよ!」
上すら見ずにクズヨコマンド通りに操作していく。
左、右、右、左。その全てで神回避をしていた。
「アハハ! クズヨコマンドすげぇ!」
思わず笑ってしまうくらい俺はハイになっていた。一歩間違えば死ぬ状況だ。笑わずにいられるかってんだ!
気が狂う寸前だがまだ踏み留まっている。行ける、行けるぞ! アヒャヒャヒャ!
落ち着け俺。最後はジャンプだ。しかし正面は平地で、かつ棘も飛んできている様子はなく、跳ばなくても良さそうに感じる。でもここまで来てやらないのは悪手だろう。俺は信じて馬を跳ばした。
「うわ……!」
すると、真下の足場が突然割れて溶岩が噴き出した。小さな噴火のような爆発をおこしたのだ。
衝撃で馬が壊れ、俺は地面を二転三転と転がっていった。
「いってぇ……」
気付くと俺は丁度スフィンクスの死角になる棘の裏に位置していた。クズヨコマンドめ、手荒いことしてくれるぜ。文句を言いながらも急いで最後の鎧馬を異空間に収納する。
これで鎧達は全て格納完了して俺本体だけになった。口を抑え、息を潜める。自身の心臓の音がうるさい。まばたきの音すら聞こえてしまうかと思い、目を見開いたまま静止する。
早く、早くどこかに行ってくれ。後一撃でも攻撃されたら死ぬ自信がある。
「グルル……」
唸るような声がした後、足音が遠ざかっていく。
このままだと脱水症状で死ぬと思い始めた頃、意を決して震える手で鎧ネコを召喚した。なぜネコかと言うとスフィンクスはネコ科っぽいので似たもの同士なら見つかっても許してくれるかも知れないと考えたからだ。頭が働かない中で思い付いた苦肉の策である。
そっと鎧ネコが裏側を覗く。俺はソイツの視点を通して敵が居ないか確認した。……そこにスフィンクスの姿はなかった。
「た、助かった……」
ようやく安堵した俺は鎧馬を召喚して火口から脱出した。そして近くに隠して置いた荷物から水を取って喉に流し込んだ。
その後、鎧兵をたくさん召喚して周囲の安全を確保。一息ついた俺は椅子代わりの石に腰を落ち着けた。
「……スフィンクス、ここはお前の勝ちだ。でもお前を殺す策はすでに用意してある」
元々アイツが火口に来なくても倒すつもりだった。なぜなら王国に帰還する時にまた接触する可能性があるし、何より縄張り争いの相手が居なくなったら、倒しておかなければ災害を引き起こして王国や新天地に危害が及ぶと考えたからだ。
先にアイツを始末しようとも考えた。だが、もう一頭の小スフィンクスの行動が読めなくなるため辞めておいた。最優先はサラマンダー討伐だったからだ。
「さてと、時間がない。準備を進めよう」
そして数時間後。
スフィンクスが自分の家に戻ってきた。コイツの家は土や砂、巨獣の骨などを固めただけの雑な作りだ。性格で言えばガサツ。コイツは家に罠が仕掛けられていたとしても気付かないだろう。さらには俺やサラマンダーとの戦闘で大技を使って疲れており、脳が働かないのも拍車をかける。
スフィンクスは取り置きしておいたであろう謎の肉の塊をムシャムシャと食べると丸まって眠りに就いた。やはり気付かなかったな。肉の中に鎧兵が紛れていることも、巣の至る所にSB改が仕掛けられていることも。
「おやすみ、スフィンクス。お前のお陰で全て上手くいきそうだ」
音をミュートにして映像だけ眺める。もうデカい音はうんざりだからだ。
俺は大きく息を吐いて鎧兵の操作キーを押した。
連動するように巣が爆発。無音の映像はどこか神秘的なものを感じさせた。太陽の表面の拡大映像を見ている時のような、恐怖を覚えつつも、どこか冷めた目でみている、そんな気分だ。
現実離れし過ぎているのかも知れない。勝ったというより生き残ったという感覚のせいだろう。
それから無心で映像を眺め続けた。どれくらい経ったか定かではないが、炎が弱まり、ほぼ黒煙しか見えなくなったところで近くの鎧兵に確認へ向かわせた。
黒煙の中に巨大な塊が見える。それは内臓をぶち撒けて絶命したスフィンクスだった。近くには体内から出たのであろう琥珀色の宝玉が転がっていた。
俺はそれを見てようやく安堵し、兜を脱ぎ捨てて大の字に寝っ転がった。
「終わったー!」
勝った。生き残った。絶望的な状況からまた覆してやった。
「アハハハハハ!」
笑わずにはいられなかった。怖かった。死んでもおかしくなかった。でも勝った。どんなに見苦しくても最後に立っていた者が勝ちなんだ。
これで皆も死なずに済む。それが何より嬉しかった。
こうして二頭のスフィンクスとサラマンダーを討伐し、新天地への栄光の道が開かれた。




