第59話 女族長イドテア
何とかスフィンクスから逃げてきた俺達は砂漠と火山の中間くらいにある木の根に絡まるように存在している洞窟にたどり着いた。
先行部隊が入ろうとすると中から気配がした。
「誰だ……?」
団長ゼロが問い掛けると数人のフードを被った大人が出てきた。
「ほう、まさか人間がここへ来るとはな。いや、亡霊かな」
少し低い女の声。蜂のマークの描かれた外衣を着ている。そのマークには見覚えがあった。
「その刻印、テンソ殿の知り合いか?」
「なに……? テンソを知っているのか」
「我々は遥か南に位置する神樹の上にあるマルクト王国から来た聖騎士団アインだ。テンソ殿に言われ新天地カーナまでの護衛をしている」
「カーナを知っているのか。なら嘘ではなさそうだな。しかしテンソの姿が見えないようだが」
「少し後方にいる。すぐに追いつくだろう。良ければ洞窟に入れてくれないか。巨獣に見つかりたくないんだ」
「ああ良いだろう。ただし話はテンソの安否が確認できてからだ」
「それで良い。助かる」
話がまとまったところで、女の隣にいる大人が女に耳打ちする。
「良いんですか族長。そんな簡単に招き入れて」
「構わんさ。仮に不逞の輩だとして鎧に傷ひとつない集団だ。私達に勝ち目はないだろう」
中々、よく分かってらっしゃる。
洞穴の中に入り、しばらく待っていると族長代理テンソを含む新天地組がやってきた。
「ぞ、族長!? どうしてここに!?」
「テンソ、生きていたか」
どうやら本当に知り合いのようだ。ここまでの経緯をテンソが族長と呼ばれる女に話し始めた。
少しして女がこちらに視線を向ける。そっとフードを降ろして顔が露わになった。黒髪ショートに切れ長の目。二十代後半くらいだろうか。気の強そうな女に見える。族長にしては若い気がするが、巨獣溢れる世界だし入れ替わりが激しいのだろう。
「紹介が遅れたな。私は遊牧民族ポリネーターの族長“イドテア”。よろしく頼む」
「私は聖騎士団団長のゼロ。こちらこそよろしく。族長であるイドテア殿は新天地にいると思っていたのだがなぜここに?」
「テンソ達が心配になってな。ここまで様子を見に来たが、とある問題が起きて進むことも戻ることも出来なくなった」
「とある問題とは?」
「二頭の巨獣の突然変異だ。お前達も見たかもしれないが砂漠の王スフィンクスの一頭の体が琥珀色になり、大きくなっていたのだ」
俺が戦った二頭の内、一頭目の大きいスフィンクスのことだろう。
「我々も見ました」
「その変異のせいで生態系のバランスが崩れ、これまで安全だった経路が機能しなくなったのだ」
なるほどな。スフィンクスの縄張りにも変化があったということか。お陰で散々な目にあったよな。
「それでもう一頭は?」
「ここからすぐ北にあるゲブラー火山の火口に住む“サラマンダー”だ。紅玉のように輝く体表を持ち、通常個体より火力が上がっていた。動きも俊敏で当初使っていた方法では火山を通れなくなってしまったのだ」
俺がマルクト王国から遠隔操作で放った先行部隊が全滅したのもサラマンダーが原因だ。その時見たのは紅玉色ではなかった。ただの巨大な赤黒いトカゲといった感じだった。
「なるほど。その二頭のせいで身動きが取れなくなってしまったと」
「そういうことだ。困り果てていたところにお前達がやってきた」
突然変異した巨獣か。二頭ほど心当たりがある。それは俺が倒したミノタウロスの番だ。
「一つお尋ねしたい。我々は以前、突然変異体と思われる巨獣を倒したことがある。その時に人間の大人の大きさくらいで宝石のように輝く玉が体内から出てきたのだが心当たりはないですか?」
イドテアは顎に手を当てて考え始めた。美人ゆえに絵になる。
「……確か、我らポリネーターの間で受け継がれてきた伝承に類似する話があったな。十の宝玉を集めると世界に災いが降り注ぐ、とな」
「災いですか? 私がビーチ大司教から聞いた時は、平定すると言っていました。が、それなら真逆の話になってしまう」
視点の違いだろうか? 例えば、人間側から見たら平定、巨獣側から見たら災い的な。うーん、分からない。
「所詮は伝承だ。口承していく中で解釈が変わってしまった可能性は大いにある」
「確かに。大司教の話が間違っている可能性もありますしね」
「それで突然変異体が宝玉を持っているとして集めるつもりなのか?」
「それは序でになるでしょう。ひとまず我々聖騎士団は火山の方を調査してみます。恐らくサラマンダーが暴れているせいで火山灰がマルクト王国に降り注いでいます。なのでそちらは絶対に討伐しなければならない。まずは弱点を探っておこうという魂胆です」
「灰か……確かに新天地カーナでも降り注いでいたな。しかしサラマンダーをやれるのか?」
テンソが会話に割り込んでくる。
「彼らならやってくれるでしょう。ここまでの道中、彼らが通った道に巨獣の死骸をいくつも見ました。マルクト王国では英雄と呼ばれ、国民はみな彼らを信頼しています」
「……無傷でここまで来ているのは伊達ではないということか。どのような技を使っている?」
イドテアがこちらを値踏みするように見てきた。
「秘密です。追求はしないでいただきたい。さもなくばお互い闇を見ることになるでしょうから」
中二病乙!
「ククク、面白い。いわくつきのものほど魅力的だが、今は深淵を覗くべきではないか」
お前も中二病乙!!
それから真剣な話を続けていると、誰かのお腹の音が鳴って中断した。
「堅苦しい話は終わりにして食事にしよう。犬の餌よりマシなものしかないがな」
イドテアの一言で話は終了して食事が始まった。残念ながら豪華な料理ではなく、乾き物ばかりの質素な食事だ。
「それにしてもこれほどの人数を連れ帰って来るとはな。これなら新天地の開拓もそう遅くはならないだろう」
イドテアが舌舐めずりしながら屈強な男達を観察する。
「いい男揃いだ。あっちに着いたら味見してやろうかな」
肉食系女子だー!
そのセリフにテンソが慌てて割り込んできた。
「どっひゃー! いけませんよ族長! はしたない!」
……え? どっひゃー? あのいつでも冷静なテンソさんがどっひゃーなんて言う?
「ククク、別に減るものではないし良いではないか。にしても鎧の奴らも悪くないな。白くてトゲトゲしたアイツは具合が良さそうだ」
そいつはNo.99ポテトさんだ。どこに行っても人気だなぁ。
「どっひゃー! 族長! 下品なことはやめてください! 彼らは英雄ですよ! どっひゃー!」
どっひゃーのサンドイッチやめろ!
「何だテンソ、嫉妬か?」
「どひゃひゃのひゃー! そそそそそんな訳ないじゃないですかぁ! 族長として威厳ある言動を心掛けて欲しいだけですよ! どひゃひゃのひゃー!」
どっひゃーの最上級やめろ!
まぁ間違いなくイドテアのことが好きなんだろうな。
何というかテンソさんに初めて人間味を感じた。ここまできな臭いヤツだと思っていたが、もしかしたら普通に良いヤツなのかもしれない。




