第58話 ホド砂漠5・スフィンクス戦
砂嵐の晴れた先、突如目の前に現れた砂漠の王スフィンクス。
スフィンクスといってもエジプトにあるかわいさと荘厳さを兼ね備えた優美なものではない。全身のシルエットは獅子に似ているが、体毛は柔らかさのカケラもなく地獄の針山のごとく殺傷能力の高さがうかがえる。
顔はこの世の憎悪を一点に集約したような呪いの仮面のごとく醜悪だ。色は全身琥珀色で光を反射して輝いているが、そこに美しさはなく、いわく付きの宝石に見える。
俺は脳をフル回転させ、瞬時に次にやるべき行動の最適解を叩き出す。
やるべきことは一つ。聖騎士団を囮にしてスフィンクスをこの場から遠ざけること。敵はすでにこちらを視認しており、戦闘は必至。新天地組と程近いここで暴れられたらどうなるかは言うまでもないだろう。
「やるしかない……!」
キーボードを出現させ、複数の鎧馬を鎧コウモリに変更して召喚。スフィンクスの気を引くため目の前に飛ばす。
並行して鎧馬に乗せた兵を“東”へ向かわせた。西側はスフィンクスがいて足元を通らねばならず、その場で戦闘になってしまう可能性が高い。南は新天地組がいてダメ。北は旅の順路であり皆を逃すべき方向だからダメ。故に東だ。
「うおおお!」
こちらに誘導するため歓声キーを押して声を上げた。
スフィンクスは、顔の前を飛ぶ鎧コウモリを意に介さず、東へ向かう鎧兵をじっと見つめている。
何を考えている? 早く動け。お前が動かないとこちらも動きづらい。
不安とイラつきが募る中、俺がまばたきをした瞬間だった。何かが割れるような甲高い音が響く。心臓が跳ねた。音のした方を望むと、スフィンクスの姿が消え、足元の切り立った岩山が割れていた。
「な、どこだ!?」
視線をさまよわせると黒い巨大な影が横切るのを目の端で捉えた。スフィンクスが跳躍したのだと気付いて上を向いた時には遅く、すでに敵は東の鎧兵達の前方に着地していた。
衝撃で隕石が直撃したかと思うくらいの砂煙が天高く上がる。さらに暴風が起きて鎧兵がまとめて吹き飛ばされた。
俺本体の周囲に鎧達が再召喚される。
「まずい、グズグズしてたら俺自身も標的にされる……!」
急いで兵を散らす。
魔法ワンオペのメリットでありデメリットでもあるノータイムでの再召喚。それは攻撃の場合は大いに役立つが、防御に徹しなければならない時は俺本体の位置がバレやすいのでデメリットになるのだ。
鎧をデザインする時のクリエイティブモードにすれば一時的に消すことができるが、今はそんな余裕はない。
「——おい」
ふと、耳に声が届いた。新天地組を映した映像を拡大するとオレンジャが竜騎士バハムートに話しかけていた。集中していて気付かなかった。こんな時になんだよ!
「おい、ハム! ボーッとすんな!」
「……す、すみません!」
「今スフィンクスいねぇし、オレ達も北に向かった方がいいんじゃねぇか!?」
確かに気付けば元いた道が見えなくなるくらいには離れていた。
「ですね。皆さんボクについて来てください!」
鎧兵のほとんどは俺本体付近にいてこちらは手薄だ。移動中スフィンクスが来たり、他の巨獣が現れたら一巻の終わりだろう。……バカ、杞憂している場合じゃない。行くしかないんだ。
新天地組を引き連れて北へと走る。
同時に俺本体の部隊はさらに東へと向かっていた。
少しだけ余裕の出てきた俺は鎧兵を球体にした“パワー型参式”を召喚した。
相手はネコ科っぽいのでもしかしたら猫が毛糸の玉で遊ぶかのごとく戯れてくれないかと淡い期待を抱いて出してみたのだ。
スフィンクスは足元に置かれた球体を一瞥すると、スタンプでも押すように足裏で踏み抜いた。
うわ、酷い。もっと転がして遊んでよぉ。だが、掛かったな。
瞬間、スフィンクスの足元が爆発した。パワー型参式は大きめの球体なので中に広めの空間がある。そのためスライムボム改を素早く仕込むことができたのだ。
敵は右足が青い炎に包まれるも微動だにしない。
うそーん。でもまぁ足裏マッサージくらいにはなったかな? よかったよかった。よくねぇよ。
スフィンクスは猫のように縦割れの瞳を左右に動かして周辺の鎧兵を確認すると、いきなり棘の体毛を逆立てて丸くなった。
直後、砂に埋まったタイヤのごとく、その場で大回転を始めた。削れた砂地が大津波となって全てを流すかのように全方位に放たれた。
「はあああ!?」
津波は俺本体まで到達して飲み込まれそうになる。俺は咄嗟に鎧クジラを召喚して壁を作り盾にした。お陰で生き埋めは免れたが体が半分埋まってしまった。
スフィンクスは元の四足歩行に戻り、大あくびをしている。
くそ、このまま埋まってやり過ごしたい。だが今は西の方向に戻られたら新天地組と接触する可能性が高い。どうにかするしかない。
俺はこっそり砂から抜け出して鎧コウモリを召喚し、スフィンクスへ飛ばした。
そしてまた鎧兵を再召喚して周囲に散らしつつ部隊を展開していく。
「……ん? 何だあれ」
ふと、視界の端に四角すいの幾何学的な岩山が映った。どう見てもピラミッドにしか見えない。よくこんな綺麗に組み立てられたな。
って、感心してる場合じゃない。どうにかあれを壁か足場に利用できないか考えていると、ピラミッドの空いていた穴から新たな巨獣が姿を現した。
「な!?」
二頭目のスフィンクスだった。あぁそうか東には縄張り争いの奴がいたんだ。ピラミッドはコイツの巣のようだ。
ピンチか、いやチャンスでもある。コイツらは天敵同士だから上手く喧嘩してくれれば時間を稼げるはず。
後から出てきた方は体が一回り小さい。体色も違っていて琥珀色ではなく、砂漠の砂と似た黄土色に近い。オスとメスの違いか? いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。とにかく大怪獣バトルの始まりだ。
二頭のスフィンクスは、お互いを視認したと同時に時が止まったように動かなくなった。
息の詰まるような時間が流れた後、痺れを切らして動き出したのは俺と戦っていた初めの一頭、すなわち体の大きい方だ。
大スフィンクスが一足飛びに距離を詰める。爪撃が顔面に直撃する寸前、小さい方は横にステップしてギリギリでかわした。
無駄がないな。戦い慣れている感じだ。
避けた後、小さい方がカウンターでもすべく相手の脇腹に爪を打ち付けた。だが、致命傷には至らず棘の体毛を数本破壊しただけだった。
しかし、落ちた棘が逃げ遅れていた鎧兵を押し潰していた。それぐらい巨大だ。
二頭の殺し合いが続く。小スフィンクスの方が小回りが上手く、攻撃を適度に当てている。ただ、決定打に欠けて毛を削る程度しかダメージがなさそうだ。
これは引き分けで終わりそうかな。長い期間縄張り争いをしていて決着がついていないので今回もその可能性が高い。
俺がそう判断した時だった。
二頭目がピラミッド型の巣を守るように壁になる。お陰で攻撃をいなしきれず、顔に引っかき傷が付いていた。
なんだ? 子供でもいるのか? いや巣の中にそんな気配はない。ならば、せっかく建てた家を壊されたくないのか? それなら少し気持ちが分かる。俺もトランプタワーを作っていた時に友人に壊されて鬼の形相をしたことがあるからな。丁寧に時間を掛けて作ったものほど他人に触れられたくないものだ。
何にせよダメージが入ったのは間違いない。戦況が動くか?
「グルル……」
小さい方が唸りを上げながら全身の棘を逆立てる。そして次の瞬間。ロケットでも射出するかのごとく全方位に棘が発射された。
さらに上に飛んでいた棘が重力に従って隕石のように飛来する。一つ一つの棘が砂地に直撃する度にミサイルでも当たったかのような大きな砂柱を形成していく。
「グオオオ!」
大きい方が世界を恐怖に染め上げるような咆哮を上げる。刹那、相手と同様に棘の体毛を全方位に射出した。
互いの攻撃がぶつかり合い、不協和音を奏でる。さらに落ちた棘により砂嵐が起きたと錯覚するくらい周辺を砂の煙が包んだ。
音が止み、砂煙が晴れると、二頭はほぼ無傷で向かい合っていた。しかしどちらも息を切らしている。
俺本体は既に遠く離れていたので無傷だが、監視用に残しておいた鎧兵はほぼ壊滅していた。
「ヤバ過ぎだろ……!」
あんな大技、俺の時にされなくてよかった。これだけ広範囲、高威力だと全鎧兵が殲滅されていてもおかしくない。
嫌な汗が体を伝う。くそ、勝てる見込みがないな。あわよくば倒してやろうと思ったのが間違いだった。恐らく相手はミノタウロスと同等か、それ以上。無策で勝てる相手ではない。
「……そろそろ戻るか」
大技も見れたし、あまり長居してターゲットにされたらヤバいしな。最優先事項は新天地組を守ることだ。ここは逃げるが勝ちってこと。
二頭が争っているのを尻目に俺は北へ向かった。
……悔しいな。何も出来なかった。王国に帰る時にも会うかもしれないし、何か弱点があれば探っておきたい。なので一応、鎧コウモリに追跡させることにした。
しばらくして決着がつかずに終わった二頭は、それぞれ自分の縄張りに帰っていった。
大きい方のスフィンクスを追跡すると、西に戻り、自分の巣の中に入っていった。こちらの巣はピラミッドとはほど遠い、失敗した陶芸の壺をそのまま焼いたみたいな形をしている。よくいえば前衛芸術みたいだ。
二頭のスフィンクスのうち一頭は几帳面、もう一頭はガサツ。こりゃ仲も悪くなるのも納得だな。
几帳面な方からしたら隣人ガチャハズレだね。人間だったら無許可で夜な夜なバーベキュー始めて迷惑してそう。
ともかく、コウモリを監視に付けたし、後は休憩ポイントまで急ごう。




