第57話 ホド砂漠4・希望の傷跡
オアシスのお陰で気力と体力がある程度回復した俺は、ホド砂漠最大の山場である要所にたどり着いていた。
新天地までの比較的安全な経路が描かれた地図“黄金血路”によると、ここは“希望の傷跡”と呼ばれているようだ。
そこは砂漠の生態系の頂点に君臨する“スフィンクス”という巨獣の縄張りと縄張りの間。もう少し説明すると、二頭の仲の悪いスフィンクスが縄張り争いのため殴り合った跡地だ。
遊牧民族族長代理のテンソが言うには争いが幾度も行われた結果、決着が付かずに両者とも放棄して近寄らなくなったという。しかしそのお陰で雑魚巨獣も危険地帯と認識したのか現れなくなり、人間にとっては安全な道となったのだ。
ただし地図はナマモノですぐに使えなくなるもの。現在進行形で安全とは言い難い。テンソが王国に来た時や、俺の先行部隊がここを通った時は問題なかったので大丈夫だと思うが。
一抹の不安を抱きながら聖騎士団と新天地組が慎重に進んでいく。
周囲を見ると古い巨獣の骨や、自然に崩れたとは思えない抉れ方をした巨岩がそこら中に散らばってあった。他にも獣の引っ掻き傷というには深く大きすぎる窪地があり、傷跡と呼ばれるだけあってスフィンクスの戦いの跡が分かりやすく刻まれている。
全員無言で馬を駆る。みんな強張った顔をして緊張していた。風と人の作る音だけが場を支配する。誰かが少し大きな音を立てる度に肩が跳ねる。頼む、何も起きないでくれ。
数時間後、緊張状態の続いたまま道なき道を進んでいると、コウモリ似の痩せぎすの男テンソが話しかけてきた。
「バハムートさん、少しいいですか?」
No.50竜騎士隊長バハムートは新天地組を護衛兼監視している黒い竜の兜の鎧兵だ。
「どうしましたか?」
「風がいつもより強いのです。もしかしたら砂嵐が起こるかもしれません」
確かに言われてみると強い気がする。あークソ、巨獣のことばかり考えてて失念していた。どうすべきだろうか。もう半分以上進んでいるしこのまま突っ切るか、あるいは大事をとって戻るか。
うーん、迷うな。一応テンソにも聞いておくか。
「団長に報告しておきます。参考に聞いておきたいのですが、進むべきか戻るべきかテンソさんはどうすべきだと思いますか?」
「私の個人的な意見としては進むべきだと思います。すでに半分以上来ていますし、砂嵐が必ず起こるとは限らないからです。引き返したとしてこの道がまた安全とも限りませんから進める間に進むのが最善かと思います」
「なるほど」
「付け加えると仮に砂嵐が来てもここから一時間ほど進んだ先に風を凌げる洞窟があったと思うので、そこで休憩を兼ねて一時的に避難すればいいかと」
確かに先行部隊で通った時に洞穴を見た気がする。
「あくまで個人的な意見なので、我々は聖騎士団の意向に従います」
「ありがとうございます。参考になりました。では団長の元へ行ってきます」
馬に乗せたバハムートを適当に見えなくなるまで走らせた。
テンソの言う通り先へ進むべきだろうか。戻ったとしてまたこの緊張状態を保ったまま行くのは精神的にも肉体的にも辛い。それは俺だけでなく新天地組もそうだろう。
「……うん、進むか」
経験上、消極的な行動はろくな結果を産まない。積極的に行こうじゃないか。ここを抜ければ火山地帯の近くに休憩ポイントもあるし、悪い選択ではないと思う。
方針が決まった俺達は砂嵐が起きないことを願いながら先へと進んだ。
……しかし、願い虚しく風はみるみる内に勢いを増していき、三十分も立たないうちにそれは起きた。
「クソ、ついてないな」
西の地平線を望むと、巨大な壁のような砂の嵐が差し迫っていた。
「皆さん、西の方から砂嵐が迫っています。この先に洞窟があるのでそこまで急ぎましょう」
新天地組は黙って頷いた。
そして砂混じりの強風に煽られながらも何とか洞窟に到着した。
「しばらくここで砂嵐が弱まるのを待ちます」
あまり広くなかったので俺本体と聖騎士団は外に待機することにした。
俺本体は風避けの岩壁の近くでこんな時のために持ってきていたサソリ型巨獣ムシュフシュの外殻をかまくら状にして砂や飛来物から身を守っている。
モニターを開き、洞窟内部に残しておいたバハムートの主観カメラを覗く。丁度、右目に眼帯の青年オレンジャが話しかけてきた。
「おいハム。まさかビビってんじゃねぇだろうな?」
「正直怖いですね」
「情けねぇなぁ。ま、もし巨獣が出たらオレが倒してやるから任せな!」
シャドーボクシングをしている。本当に倒してくれたら助かるんだがなぁ。
「頼りになります。もしもの時は餌として巨獣に突っ込んでくださいね」
「てめぇ!」
オレンジャといつもの漫才みたいなやり取りを終えて他の新天地組の会話に聞き耳を立てる。誰も不安な言葉は発していない。まだ余裕はありそうだな。
安堵した俺は楽しい会話をラジオ代わりに聞きながら、極限まで軽量化したスピード型鎧兵や鎧コウモリを砂嵐の中に放って周囲の様子を観察することにした。
そいつらの主観カメラを見ると、数メートル先ですら見えない状況だ。もし、砂嵐に紛れて巨獣が現れたら発見が遅れてひとたまりもないだろう。
いや、あまりネガティブなことは考え過ぎないようにしよう。気が滅入るだけだ。
鎧兵達に生物が現れたら警報が鳴るようにセットして俺は仮眠を取ることにした。
そして。……どれくらい時間が経っただろう。寝ぼけ眼をこすり、かまくらの隙間から外を覗く。
ふと、目の端に何かが映った。焦点を合わせて見ると切り立った岩山の先に四本足の石像が立っているのを確認した。
「嘘、だろ……?」
よく見るとそいつは石像ではなかった。獅子のごとく威風堂々たる立ち姿。琥珀色で尖った体毛、同系色の手足と鋭い爪。猫の目のような縦割れの瞳で静かにこちらを見下ろしている。
その巨獣は、紛れもなく砂漠の王スフィンクスだった。




