第46話 リンゴ農家シラユッキ
遊牧民の族長代理テンソによる新天地の話が終わり、詳細は後日改めてということで解散した。
俺は団長ゼロを動かしてテンソを追いかけていた。
「テンソ殿!」
「これはゼロ様。……私の話を聞いて軽蔑しましたか?」
「いえそんな。一つの考えとしてなんとか飲み込めてはいます。ただ、言っておきたいことがあります。マルクト王国に永住するという考えはないのでしょうか? 私の率いる聖騎士団を使えば残りの人達をこちらへ連れて来ることもできるはずです」
「聖騎士様の強さはここ数日でたくさんの人々から聞いて存じております。ですからきっと我々の仲間達も無事にこちらへ連れて来られるのでしょう。ですが、我々の身分はどうなるのでしょう? いきなり貴族にすれば庶民の者達から反感を買うでしょうし、平民にしたとして仕事を奪われる者が出てきて不平不満が噴出するでしょう。そうなれば最悪、血を見ることになりますよ」
「そんなこと我ら聖騎士団がさせませんよ」
「そうですね。聖騎士様がいれば全てを解決できます。ですが、逆に言えば何もさせて貰えないのです。巨獣を倒して功を立てることも、暴動や革命なんてもってのほか。この国は雁字搦めで新参者や貧困者に未来がないのです」
「それは……」
「光り輝く英雄は色濃い影を作るものです。貴方がたは我々には眩しすぎる。……理解していただけませんか?」
言いたいことは分かる。俺の弁は強者側の意見であり、何も持たない弱者からすれば詭弁にしか聞こえないだろう。
何を言うべきか迷っていると、テンソが再び話し始めた。
「ここまで言っておいて図々しいお願いなのですが、新天地カーナに行くのを手伝っていただけませんか? 聖騎士様の力があれば生存確率はかなり上がるはずです。私は誰も死なせたくありません。聖騎士様もそうでしょう?」
ずるい言い方だな。自分達と貧民達の命を人質に俺を引き込もうとしている。そう言われたら断りにくい。
「……考えておきます」
まだ考えのまとまらない俺はそれだけを言い残し、その場を離れた。
翌日。国中が新天地の話で持ち切りになっていた。どこに行ってもその話題を振られるので俺は辟易していた。
「あーくそ」
一方で俺は“黄金血路”という新天地カーナまでの道筋が描かれた地図の信憑性を確かめるため鎧兵を派遣していた。だが、道中の巨獣にやられて砂漠にすらたどり着けずにいた。
運も実力もないのはそうだが、何よりモチベーションが湧かない。新天地が存在するかも分からず、存在していてもそこに住む予定のない俺からしたら頑張る意味がない。死にに行く奴らのために調査する必要がどこにある。そういう気持ちが先立って全く集中できないのだ。
自宅のソファに体を埋める。
俺はどうすべきだろうか。やはり護衛について行くのが一番いいのだろう。でも巨獣と戦いながら彼らを守りきる自信はない。そうなると待つのは誰かしらの死。俺か、民か。そんなの嫌だ。
かと言って、ついて行かなくても誰かが死ぬ可能性は高い。死の知らせを聞いて、俺のことだからきっと言い訳をしながら後悔するのだろう。
はぁ……テンソさんが考えを変えてくれたらなぁ。ダメだダメだ。やっぱり責任逃れしたいだけだな。俺は嫌な奴だよ。
「あーあ、どうすんだこれ」
どうしようもなくなり、ソファにもたれて天井を仰ぎ見ていると電子音が鳴った。魔法のモニターを見ると、農作業を手伝っていた団長ゼロのところにリンゴ農家のシラユッキが来ていた。
「らららー、ごきげんようゼロ様ー」
二十五歳のシラユッキさんは、いつもの黒髪ロングをポニーテールにしていた。執事マニアである彼女は、相変わらず遥か後方に七人の執事を連れている。
「こんにちは、シラユッキさん」
「新天地のお話ききましたわー。何かと大変でしょう?」
「そうですね。色々とごたついています」
「実は私も新天地へ向かおうと思っていますわ」
その言葉に俺は眉根を寄せた。
「……え? なぜです? シラユッキさんも現状に何か不満があるのですか?」
彼女は平民ではあるが、自身の作るリンゴのお陰でパトロンが多くついており裕福な生活を送っているはずだ。現に執事もたくさん雇っているしな。
「いえ、毎日リンゴのお世話ができて幸せな日々ですわー。ですけど外の世界への憧れもありますの。外へ行って色んな景色やものを見て見聞を広げたいですわ。それに農業の知識があれば新天地の発展に役立つと思いますの」
探究心や冒険心は皆持つものだし分からなくもない。だけど。
「それは今の安全な生活を捨ててでも行うべきことなんですか?」
「おっしゃりたいことは分かりますわ。ですけど、少し棘のある言い方をすれば、この国もずっと安全ではないでしょう?」
確かに今は俺がワンオペで守っているが、一歩間違えば簡単に滅んでしまう危うい状況だ。
「ですから新天地カーナの開拓を進めて、人類の領土を増やしておいた方がいいと思いますわ。そうしてマルクト王国と共に成長していけば、もしかしたら巨獣に対して有効な打開策が見つかるかも知れませんの」
夢物語だな。それが叶うのに何十年、何百年かかるか分からない。
「過酷な旅になりますよ。特に女性には」
「あらー、農家の娘を舐めてはいけませんわよ? こう見えて体力はありますわ。それに執事もついていますし」
え、アイツらも連れて行くのか。
後ろの方に控えている七人の執事を見る。テンプレ執事ネームのセバスチャンと名付けたくなるようなかしこまった奴らが並んでいる。
意外と強いかもだけど、巨獣にはワンパンされるだろうな。
その後、少し雑談してシラユッキさんは優しくほほえみ、リンゴを俺に渡して執事と共に去っていった。
新天地、そんなに魅力的か? ……分からない。やはり俺だけでは迷いが消えない。今の心持ちのままではどの選択をしても失敗に終わるだろう。覚悟を決めるため誰かに背中を押して欲しい。
ちょっと相談してみるか。
俺は、今一番信頼できる人物の元へ鎧兵を向かわせた。




