第11話 勘違いな日常4・踊り子トマティナ
さて、聖騎士団アインの好感度アップのため鎧兵に街をブラブラさせているわけだが、大した動きもなくなってきた。
やっぱり少し会話したくらいじゃ人の心は動かせない。まず大体の奴の第一声が『兜を脱げ』だしキツイわ。後は無視、罵倒、逃亡も多い。
さすがに精神的に参ってきた。鎧兵は多数いても心は俺一つなんだし。……仕方ない、今日は団長ゼロと、もう一部隊に交流させて終わりにしようか。
その部隊である騎士団No.1のファイア、2のアイス、5のエアロの男キャラ三体は、数少ない好意的な人に道を尋ねて王国で一番有名な酒場に来ていた。王国東の六番街にあるここは平民達の憩いの場らしく、仕事終わりの男女が疲れを癒しに集まるという。
なぜここかというと情報を集めるなら酒場かなと考えたからだ。完全にゲームのイメージだわな。俺自称ゲーマーだし。
そんで何の情報が欲しいって聞かれると困るが、要は騎士団のイメージアップに繋がるヒント集めだ。それにただ会話するだけでも印象は良くなるはず。人付き合いは積み重ねだから。
さぁ行こうか。ただ、少し緊張する。二十三歳とはいえそこまで大人の遊びをしてきた訳ではないから、こういうアダルトな社交場に実質一人で入るのは心理的ハードルが高い。
頑張れ俺。今は俺であって俺じゃないだろ。最悪、キャラクターを代えればいいんだ。臆するな、バカになれ。あひょひょひょ! ……いかん、バカになりすぎた。普通に行こう。
そして意を決して酒場に入ると盛り上がっていた場が静まり返る。相変わらずの注目度で泣きたくなるね。
「おやおや、今話題の方達じゃないのさ」
茶髪ロングに鳶色の瞳、十代後半から二十代前半くらいで真っ赤なドレスを着こなす美女が酒の乗った丸いトレイを片手に現れた。
ここは女好きのエアロさんを出すとしよう。頭に双葉の草が一本刺さっている緑鎧のキザ男だ。
「やぁ綺麗なお嬢さん。良かったら僕と遊ばないかい?」
「草頭に刺して何言ってんだい」
だよな。完全に設定ミスったわ。口に咥えさそうと思ったんだけどポロポロ落ちるから頭にしたんだよね。相変わらず浅はかな俺。
「おーい、トマティナ。リクエストだよ」
奥で酒や軽食を振る舞っている店長らしき中年の男がこちらに向けて言った。
それを聞いた目の前の美女が右手の指を二本立てて了承の合図を送っている。どうやらこの茶髪の美女がトマティナというらしい。
「ちょうどいいさね。私のダンス見てってよ。魅了されたらおひねり弾んでね。儲かってんでしょ?」
どうだろ。百人分あるから金持ちに感じるけどイマイチ分からない。しかし金持ってると思われるのは困る。強盗怖いし。夜中に一人でトイレ行けなくなっちゃう。何歳だよ。二十三歳です。
それはともかく頷いておいた。
彼女は流し目を俺に送りながら奥に消えていった。妖艶だなぁ。
「おい、あんちゃんらこっち座れや」
見知らぬオッサンが席を空けてくれた。腹が酒樽みたいに膨らんでいて、いかにも飲兵衛な中年だ。
「酒は飲まねぇのか? 奢ってやるぞ?」
「いや、僕らはこの後もやることがあるからねぇ。遠慮しとくよ」
飲んだらすぐ漏れちゃうからね。下半身直結型です。
「お堅いねぇ。さすが聖騎士団様だ」
その後も仲良く談笑した。何だか一人で知らない居酒屋に来て常連に受け入れられた時のような楽しい気分になってきた。
数分後、突如明かりが消える。そして一段高いステージにだけ光が差した。ギターっぽい楽器を持ち、帽子を目深に被った男が端に座っている。
「トマティナはまだかー!」
「早くしろー! 陰部だすぞオラ!」
「死ねー!」
野次が飛び、口笛が鳴る。言葉選びの下手くそな奴ばかりだが嫌な感じはない。普段からこういう無礼講な場所なのだろう。
数秒後、本命が登場する。鮮血のようなドレスを身に纏い、クルクル回りながらステージ中央へ来たかと思うと、一切の体幹のブレもなく見事に停止して決めポーズを取った。
「ほーらクソ漏らし共、静かにしな! ここからは私の時間だよっ!」
ステージに上がったトマティナが中指を立てて煽っている。いいのかそれ。あ、でも赤く塗られた爪綺麗だなー。何言ってんだ俺。ともかくマイナーなライブハウスみたいな雰囲気で悪くない。
彼女が右腕を掲げ、指を鳴らすと同時にギター演奏が静かに始まった。
トマティナがゆっくりとステップを踏み始める。演奏と共に速度が上がっていく。ダンス靴の奏でる音と、時折混ざる手拍子が全妙なハーモニーを生み出して魂に響いてくる。真っ赤な衣装的にも何となく情熱の国スペインを感じさせた。行ったことないけど。
彼女が回転し、ドレスから素足が覗くたびにドキリとする。大人の階段を登り始めた少年のような気持ちになった。何歳だよ。二十三歳です。
「はぁはぁ、相変わらずいい匂いだぜ」
俺の台詞じゃないよ。隣の変態のだよ。その隣のオッサンがこちらの視線に気付く。俺は急いで顔を逸らした。関わりたくない。
「おい待て、何か勘違いしてねぇか? この香りはトマティナが作った香水のものなんだぜ」
鼻がないから分かりません。それに変態なのは変わりなくね?
そんなこんなで踊りが佳境に入る。ギターがアップテンポになるのと同時にトマティナの動きも激しくなっていく。そして演奏が鳴り止んだ瞬間だった。彼女がピタリと静止した。
「ひゅーひゅー!」
「やるぅ!」
「最高だったぜ!」
拍手、口笛、歓声が混ざり合い店中に響く。恭しく頭を下げるトマティナに対して、壇上に硬貨が投げ込まれていく。いやぁ、凄かった。
「おい、あんちゃんらの誰かトマティナに告白してこいよ」
何言ってんだオッサン。シャイな俺に無茶振りするなよ。でもまぁ感動くらいは伝えとかないとな。
エアロを動かしてこっちに歩いてきたトマティナの手をそっと持ち上げる。
「とても感動したよお嬢さん。まさかこんな身近に天使が居るとは思わなかったよ。良ければお酒でも奢らせてくれないかい?」
決まったな。これがモテ男エアロさんのやり口よ。知らないけど。
「あーあ」
「ばーか」
「終わったな」
周りの人間は天を仰いだり、目を押さえて首を振っていたり、ニヤニヤと笑っていたりしている。何かマズったか?
すると、いきなりトマティナに頭から酒を掛けられた。草が枯れちゃう! あと鎧の隙間から漏れちゃう!
「情熱の感じられない男に興味はないのさ。さよなら。もう来ないでね」
そう言って彼女は奥に消えていった。
ぱりーん。俺のガラスのハートは粉々に砕け散った。えっと、なんで嫌われたんだろう? キザなセリフではあったけど、怒らせるほどではないと思ったんだけどな。いや、人は何の話が地雷になるか分かんないしなぁ。むむむ。その疑問を察してか、真面目そうなオジサンが話し始めた。
「トマティナはダンスに命を懸けてる。だから怪我するかも知れない体に触れられんのが嫌いなのさ。あんたらみたいな鎧のまま触れるなんてもってのほかだ」
初見殺し過ぎるだろ。先に言っとけよ。……いや、周りの反応を見るに知ってて言わなかった奴もいるな。そうか、そうだよな。賑やかな店内に何となくアットホームな雰囲気を感じていたけど、俺達聖騎士団は得体の知れない新参者なわけで、こういう敵地の洗礼みたいのは当然あるよな。
……いいね、こういうの。逆に燃えてくるタイプなんだよね俺。この国には聖騎士団が必要なんだって、ぜってー認めさせてやる。見てろよ。
ただ、トマティナに関してはもうダメだ。暗い人である俺では彼女との仲を修復できそうもない。
……いや待てよ。今革新的なアイディアが降ってきた。よく考えたらエアロは俺であって俺ではない。違うキャラクターで来れば、実質人間関係リセットじゃん! 極端な話、後99回はトマティナと交流出来るぞ! やったー! ……どんだけポジティブなんだよ俺。




