第108話 冒険家ニートン
神樹から北東にあるコクマー岩壁群から遥か西へ向かった先の新天地カーナにたどり着いた。
ここは神樹の上半分を無くしたような巨大な切り株状の場所で、棘の生えた木の根があることで巨獣から守られている。
俺は迷路のような木の根の間をくぐり抜けて内部に入った。
「見張りがいないな」
いつもは誰かしら立っているのだが。
疑問を抱きつつも、そういう事もあるかと気にせずに奥へ進む。すると驚くべき光景が広がっていた。
「な、なんだよこれ……」
遊牧民族の移動式住居や、木造の小屋などの建物が基礎だけを残してほとんど破壊されていた。
「誰か! 誰かいないか!?」
俺は必死に叫んだ。何が起きたんだ? まさか巨獣が入って来たのか……?
心臓の鼓動が早まり、体温が上がっていくのが分かる。最悪の予想が思考を侵食してきた時だった。誰かの野太い男の声が聞こえてきた。
「うるさいぞぉ、巨獣が来たらどうするドン」
変な語尾だな、と思いつつ、音源に視線を送ると大男が草原に仁王立ちしていた。たくましい手足、荒々しい茶髪、顔の半分ほどを覆う茶色のヒゲ、少し上向いた鼻先。なんとなく猪を想起した。
「お前は何者だ?」
「……まずはお前達から名乗るドン」
「我々は聖騎士団アイン。南東にあるマルクト王国よりやってきた」
魔法で作った聖騎士団の紋章を見せた。本物は王都に置いている。現実の物品は鎧兵が壊れると回収が難しくなるからだ。
「聖騎士団だと? カーナの者達が言っていたが、あの無敵の騎士団かドン?」
「恐らくそうだろう。私は団長のゼロだ。そちらは?」
「ワシの名は“ニートン”。しがない冒険家をしている者だドン」
「ニートン!? あのニートン巨獣記の執筆者の?」
「いかにも。天才のニートンだドン」
胸を張っている。自尊心高そうだな。
「なぜこんなところに? ここで何があった? カーナの者達はどうした?」
ニートンは俺の矢継ぎ早の質問に肩をすくめて、重量感のある歩みで近づいてきた。
「まぁ落ち着くドン。結論から述べると、ここから北東に行った先に“隠れ里ダアト”があって、そこにカーナの者達は、みな無事に避難しているドン」
俺は一応、胸を撫で下ろした。本当なら安心だが、まだ信用できない。
「それならいいが、まずどうして避難することになったんだ? ここも巨獣が入り込めない安全な場所だったはず」
「急に“ドラゴン”が現れたんだドン」
「ドラゴンだって? もしかして赤い体色だったか?」
「そうだドン」
「それなら同一個体とは限らないが、我々も東にある岩壁群で目撃した。他に情報は持っているか?」
「おかしいのは突然現れたことだドン。空から飛んできたわけではなく、地面から生えたような感じだったドン」
うーんなんだろう。地下から潜入してきたのか? でも巨獣の毒である木の根が張り巡らされているだろうしなぁ。
俺が思考の海に沈みかけているとニートンが再び話し始めた。
「そのことについては今は置いておくドン。それより隠れ里へ行かないか? カーナの者たちは聖騎士団を信頼していたようだし、顔を見せてやればきっと安心するドン」
それがいいか。ここまでのニートンの言葉をそのまま信じるのはまだ早い。証人と会っておくべきだろう。ついて行くのも危険な気はするが、こちらには十万の兵がいるし、どうにかなるだろう。
「分かった。案内して欲しい」
ニートンはニカッと笑って準備を始めた。俺もニートンにバレないよう鎧兵の数を調整した。
メンタルが安定してきたところで俺は聞きそびれていた疑問をニートンにぶつける。
「ところでニートン殿はなぜカーナに?」
「ここが安全地帯だと知っていたから冒険の小休止に寄ったんだドン。そしたら遊牧民達の村が出来ていて驚いたドン」
「村をドラゴンに襲われたようだが、一度避難した後に戻ってきた理由は?」
「ドラゴンの調査だドン。巨獣図鑑を書いている者として巨獣の調査は義務みたいなものだからドン」
「なるほど」
意外と勤勉なんだな。
ニートンは大きなリュックを背負った。
「さて、出発するドン。と、その前に一つ注意しておくことがあるドン」
と言って、自分の右腕をさすり始めた。
「……実はワシは“首なし騎士”に追われているんだドン」
え? 中二病の方? 俺もよく謎の組織に追われている妄想するけど。
「は、はぁ? もしかしてその右腕は首なし騎士にやられたのか?」
「いや、昨日蚊に噛まれて痒いだけだドン」
紛らわしいわ! なんか悲しき過去あれよ!
「とにかく、ワシと一緒に居ればいずれ会うことになると思うドン。警戒しておいてくれドン」
ずっと一緒にいるつもりないけど。という言葉は呑み込んでニートンと共に隠れ里ダアトへ向かった。




