第18話 連続自殺事件
お手伝いさんが運転する車で松瀬本家に到着した俺は、すぐに海空姉さんの部屋を訪ねた。
「――笹篠さんではない何者かが電話に出た、か」
説明を聞いた海空姉さんは不愉快そうに眉をひそめる。
「どうにも、不審な点が多いね。笹篠さんが自殺する動機がないし、直前に電話に出た何者かも気になるところだ」
俺も同じ意見だ。
「このままだと、おそらくは迅堂さんも自殺するね。巴、これは連続自殺事件の幕開けだよ。このタイミングとは思わなかったけれど」
迅堂の自殺については別の世界線のことなので海空姉さんに伏せていたが、海空姉さんも連続自殺については把握しているらしい。
「このタイミングって、海空姉さんが経験した世界線だと別の時期に発生するのか?」
「秋に発生するんだよ。この世界線では何事もなかったから、夏の事件でフラグを叩き折ったのだと安心していた。うかつだったよ」
悔しそうにため息をついた海空姉さんは続ける。
「連続自殺事件は、笹篠さん、迅堂さん、そして巴が数日のうちに連続で自殺する。動機は不明で遺書もない。順番としては、迅堂さん、笹篠さん、そして巴の順だ。春や夏の時点で死者が出ていた場合の話だけどね」
「順番が決まってるのか」
「大体はね。迅堂さんが自宅で首を吊り、笹篠さんがビルの屋上からの飛び降りやナイフで胸を刺して自殺、その後で巴が自殺する。巴の死因はいくつもあるから省こう」
海空姉さんが観測した世界線では、必ず最後に海空姉さんが残る。だが、笹篠や迅堂は自分以外が連続自殺したと話していた。
順番はともかくも、不審な自殺が相次ぐという点では変わらない。
それに、迅堂の首吊り自殺についてだけはすでに動機を特定済みだ。未来人の海空姉さんには話せないけど。
「海空姉さんは、この連続自殺が何者かの手による犯行だと思う?」
「間違いないね」
断言して、海空姉さんはお手伝いさんが用意してくれた玉露を飲む。
俺は南部せんべいを齧りつつ、考えを整理する。
迅堂の自殺を食い止めるためにはチェシャ猫を発生させないのが最低条件だ。
この連続自殺の原因が人為的なものだというのはほぼ間違いない。チェシャ猫が発生したことからも、犯人は未来人なのもほぼ確定だ。
「笹篠さんのスマホに巴が掛けた時に出たという何者かについて。やや穿った見方かもしれないけれど……」
そう前置きして、海空姉さんが考えを話す。
「まるで笹篠さんを殺した犯人が巴の電話を一瞬でも受けておくことで巴のスマホを見る口実を作ったようにも捉えられるね。ボクの経験上、度重なる自殺はどれも不審で警察の捜査も不自然に打ち切られる。警察は敵だと思った方がいいかもしれない」
「つまり、俺からの電話に出たのは、刑事の床次さん?」
「あるいは、警察関係者の誰かさ」
ありえない話ではない。
俺も、電話に出た謎の人物については不思議に思っていた。
俺からの電話に出るのは身バレのリスクがある。そんなリスクを負ってでも電話に出る動機がなければおかしな行動だ。
「つまり、警察は『ラビット』の所有者を探している?」
国家は兎狩り、夏の事件で偽名外国人のワルター・フィッツさんが暗号に仕込んだメッセージだ。
床次さんは前の世界線でも宮納さんや大塚さんのスマホの行方を追っていたり、記憶喪失にも言及していた。その動きは、『ラビット』入りのスマホを探しているとすれば納得できるものでもある。
警察として捜査中とも考えられるので断言できないが、注意すべき相手だろう。
海空姉さんは自作サーバーをちらりと見る。
「自殺として捜査が打ち切られることからも何か大きな権力を感じていたけれど、まさか国が相手とはね。目的はタイムマシンこと『ラビット』の奪取と占有かな。しかも、殺しも厭わないとなると……」
「いつの時点で知られたのかも重要な気がするんだけど」
ワルターさんがメッセージを残したのは夏だ。つまり、ワルターさんはそれ以前に兎狩りを目撃した可能性が高い。
つまり、俺たちの知らないところで未来人が少なくとも一人、国に狩られている。
国が俺たちに目を付けたのは、床次さんが言っていた通り春と夏の事件で容疑者が揃って記憶喪失となっており、現場にいたのが俺だからか。
最初に迅堂が狙われるのも、喫茶店やキャンプ場にバイトに出ているからだとすれば、つじつまが合う。
とはいえ、海空姉さんに直接宮納さんや大塚さんの記憶喪失については話せない。チェシャ猫が発生する。
まぁ、海空姉さんはおおよその見当を付けているだろう。あえて確証に触れていないだけだ。
「巴の言う通り、きっかけが何かは重要だね。何しろ相手は組織、国だ。未来人の存在を知ったうえで過去に戻った捜査員が一人でもいれば、その人物はシュレーディンガーのチェシャ猫を免れる」
「あ、そうか」
俺と同じく、チェシャ猫に襲われない特性持ちが現れる可能性があるのか。
春や夏の事件のようにチェシャ猫で倒す方法が使えない……。
えっ、詰んでない?
海空姉さんと深刻な顔で見つめ合う。考えていることは同じだろう。
「プリンが食べたいな」
同じじゃなかったわ。
「何でそんなに余裕なんだよ!」
「頭を使ったら甘いものが食べたくなってね。冷蔵庫に入っているから、取ってくれるかい?」
「まったくもう……」
冷蔵庫からプリンを二つ取り出して、海空姉さんの前に置く。冷蔵庫の上に置いてある小さな箱からプラスチックのスプーンを取り出して、海空姉さんに渡した。
マジでマイペースなんだから、もう。
おかげで過度な緊張は取れたけど。
ちょっと納得がいかなかったがプリンを食べて一息つく。
カラメルたっぷりなプリンを食べて満足そうな顔をした海空姉さんが話を戻す。
「直接対決は避けてうまく身を隠すか、疑惑をやり過ごすべきだね」
「そうはいっても、すでに目を付けられてる状態でどうやって?」
「容易ではないけれど、できないことはないよ。巴、あの二人と全力でラブコメしてくると良い」
「……うん? なんか意味不明な単語が聞こえたんだけど」
海空姉さんがにやりと笑う。
「ラブコメさ。未来人は望まない未来を回避するためにやってくる。三角関係なんて面倒くさい状態を維持し続ける未来人なんていないだろう?」
そんなのアリか?
「うーん……」
確かに、三角関係の中に未来人が一人なら、意中の相手と結ばれるためにもう一人を排除するように誘導できる。
三角関係の中に未来人が二人以上なら、チェシャ猫で記憶が飛びかねないため春から未来人であり続けるはずがない。
今の三角関係は俺というジョーカーがいてこそ成立しうる状態だ。笹篠と迅堂が迂闊に口走る未来人発言に先手を打ち、チェシャ猫発生を食い止めるストッパー役の俺がいなければ、あの二人はとっくの昔に記憶を失っている。
だけど、ラブコメって……。
「俺に正真正銘、二股クズ男になれと……?」
「巴は頭を抱えるだろうけど、ボクは腹を抱える自信があるよ」
そう言って、海空姉さんは笑った。
「人の気も知らないで……」
「知ってるから笑うのさ。行っておいで」
「はいはい、行ってきます」
俺は立ち上がって、部屋を出る。
『――ロールバックを行います』




