第8話 クリスマスプレゼント
「巴へのクリスマスプレゼントになります」
「口調がおかしくない?」
「まだちょっと恥ずかしいのよ。察しなさいよ!」
水族館を出て明華を家に送り届けた後、そんなやり取りで渡されたのはマフラーだった。
クラス会の焼肉で臭いがつくのを嫌ったのだろう。
明華と別れて、松瀬本家に歩き出しつつ俺はスマホで時間を確認した。
午後十時を少し過ぎている。
「迅堂へのプレゼントは申し訳ないけど明日かな」
一応、メールを入れておこう。
珍しく返信が遅いな。家族とクリスマスパーティでもしてるのか。
俺は寒風に追い立てられるように松瀬本家に急ぐ。
松瀬本家は玄関に申し訳程度にクリスマスツリーが飾られているだけで、敷地はほぼいつも通りだった。毎年のことなので特に気にせず、中に入る。
ちょうど、出かけるところだったらしい親戚を見つけて、声をかける。
「こんばんは、伯母さん。忘年会の準備ですか?」
「巴君、今日の挨拶はメリークリスマスよ」
「あ、ごめんなさい。メリークリスマス」
「えぇ、メリークリスマス。巴君の代わりに忘年会用のお酒の注文をして、食材をちょっとね。そうそう、お嬢様が巴君が来てから食べると言って残してあるクリスマスケーキがあるから、台所のお手伝いさんに声をかけて行って」
「分かりました」
伯母さんを見送って、玄関の戸を閉める。
台所に行くと洗い物をしていたお手伝いさんが俺に気付いた。
「お嬢様がお部屋でお待ちです。後ほど紅茶のシフォンケーキをお運びしますが、お飲み物はいかがしましょうか?」
「コーヒーでお願いします」
「かしこまりました」
台所を出て、海空姉さんの部屋に向かう。
部屋の前で声をかけると、中からすぐに返事があった。
「入りたまえ」
「お邪魔します」
入るや否や、相変わらず肌寒いくらいの空気が包んでくる。静かにファンを回すサーバーの横で、海空姉さんは何かの資料を読んでいた。
成長した日本人形という言葉がしっくりくる容姿の海空姉さんが事務的な資料を真剣な顔で読んでいる光景はどことなくユーモラスだ。
「巴、宮納の喫茶店についてなんだけど、客層を覚えているかい?」
「近くの大学の学生が多かったね。男性客に偏っていたけど、笹篠が窓際に座るだけで女性客が増えたからイメージ戦略次第で男女比率は変わってくる。夜の洋食居酒屋だと大学教授とかご近所のご夫婦が多いイメージ」
「まずいな……」
「宮納さんの件、報道はされてないけどご近所の噂になってるからね。人を入れ替えて再開しても客足は相当鈍いよ」
地域密着型に近いせいで悪い噂が立つと客入りに影響する。
海空姉さんは資料をめくりながらため息をつく。
「これは改装するしかないかな。きちんと利益は出せる立地だから引き受け手があれば支援するとして……」
「まだあの店舗空いてたんだ」
「宮納は独身で、形式上は雇われ店長だったからね。土地と建物の名義は松瀬なんだ」
道理でね。
資料を読み終えた海空姉さんがクリップで固定して机の上に投げ出す。
「巴、良いクリスマスプレゼントと悪いクリスマスプレゼントのどちらから欲しい?」
「結局両方を渡すつもりならその選択肢に意味がない気がする。ちなみに俺からのクリスマスプレゼントはこちら」
鞄から海空姉さん用のクリスマスプレゼントを出して、両手で捧げ渡す。
海空姉さんは「苦しゅうない」と演技かかった口調で言って、俺からプレゼントを受け取った。
「……へぇ、膝掛けか」
「いつもこの部屋は寒いし、必要だろうから」
「前のが古くなっていたから買い替えようかと思っていたところだよ。ありがとう。大事に使わせてもらおう。そんな巴に良いプレゼントだ」
プレゼント交換のノリで海空姉さんから渡されたのは文房具一式と図書券だった。
「勉学に励みたまえ。デートなんてする暇もないほどに!」
「来年受験生だから、ありがたく使わせてもらうよ」
ドヤ顔で胸を張る海空姉さんからのプレゼントをありがたく受け取る。
ちょうど参考書が欲しかったんだよね。
海空姉さんは俺の反応を見て当てが外れたような顔をした後、机の引き出しから丁寧にラッピングされた小包を出してきた。
「相変わらず、巴は意地悪のし甲斐がないな。これがクリスマスプレゼントだ。中身はハンカチセットだけどね。普段使いしやすそうな柄の物を選んでみた」
「ありがとう。大事に使うよ」
渡されたハンカチセットをカバンに入れて、俺はスマホを取り出す。
いまだに迅堂からのメールが返ってきていない。珍しいこともあるものだ。
「巴、今日は泊ってほしい。明日の午前中、庭の手入れを頼みたいんだ」
「分かった」
造園業を営む両親はクリスマスイルミネーションの撤去作業で明日は本家に来られないから、息子の俺の役割だ。
ただ、本家の庭は俺一人でどうにかできるほど狭くない。
「明日は夕方に待ち合わせがあるから、それまでに終わらせたい。だから、二、三人こちらに人手を回してもらえない?」
「竹池家が明日、何人か連れてくるよ。例の旅館の今後についての話し合いでね。話し合いが終わったら手の空いている者を二人ほど回そう」
海空姉さんはそう約束して、俺が贈ったひざ掛けを早速膝の上に広げる。
「明日の夕方に待ち合わせと言ったけど、誰とだい? クラスの友達かな?」
「いや、迅堂とイルミネーションを見に行くんだ。遊園地の奴は今週いっぱいまでやっているらしいから」
「――また女か!」
広げたばかりのひざ掛けを俺に覆いかぶせてきた海空姉さんが素早く俺の後ろに回り込んで羽交い絞めにしてくる。
「まったく、君という男は連日連夜、女の子と遊び惚けて!」
「明日は庭の手入れをするんだけど!?」
「クリスマスプレゼントまで全員に用意しているとは不誠実にマメな男だな、君は!」
「自分でもどうかと思うけど、今年お世話になったお礼だから不誠実という意見には異を申し立てたい!」
海空姉さんの両足が後ろから俺の胴体を拘束する。首に回された細腕に締め上げられないよう自分の腕を滑り込ませて防御する。
ひざ掛けで制限された視界から、どうにか脱出の糸口を探そうと視線をさまよわせると、やけに白い太ももが目についた。
海空姉さんの生足である。
和服でこんな技を仕掛けるからはだけてんじゃねえか!
だからひざ掛けで視界を制限したのか!? そこまで気を回すなら技を掛けるなよ!
その時、廊下を歩いてくる何者かの気配を感じ、俺と海空姉さんは同時に離れた。和服の裾を直そうとする海空姉さんにひざ掛けをパスして隠させる。
「――シフォンケーキをお持ちしました」
お手伝いさんの声が掛けられる。
「ありがとう。入ってくれ」
何事もなかったかのようにすまし顔のお嬢様モードになった海空姉さんが許可を出すと、音もなくお手伝いさんが障子を上げて入ってくる。
テーブルの上にケーキやコーヒーを並べて、お手伝いさんは部屋を出て行った。
海空姉さんがひざ掛けをどかして裾を正す。
「ナイスフォローだ、巴」
「何年幼馴染をやってると思ってるんだよ。これくらいちょろいわ」
俺たちは子供じみた顔で笑いあった。




