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あなたを救いに未来から来たと言うヒロインは三人目ですけど?  作者: 氷純
第三章 シュレーディンガーのチェシャ猫たち

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第4話 クリスマスパーティ

 夜だけあって、松瀬本家は人の出入りも落ち着いていた。

 海空姉さんが個人的に雇っている秘書なのか家政士なのか分からない人たちが三人ほどいるだけだ。


「やっぱりこんなに立派なお宅だと気後れしちゃいますね」


 迅堂が広い庭を横目に少し背を丸める。


「堂々としていれば馴染むものよ。人が気持ちよく過ごすために家は建てられているんだから、気後れする必要はどこにもないわ」


 言葉通りに堂々と笹篠は背筋を伸ばして玄関へ歩く。もともと美人なだけあって、手入れされた庭が背景によく馴染む。


「今は笹篠先輩のカリスマが羨ましいですね」

「胸を張っていればそのうち身につくわよ」

「手軽にDIYできませんかね?」

「服を作って形から入ってみれば?」


 玄関を開けて、俺は二人を客間に案内する。

 本家に複数ある内の一番小さな客間。忘年会では子供たちに宛がわれるその客間は唯一人を入れられる状態だ。

 あけ放たれたふすまの向こうに海空姉さんが見える。対面に座っているのは斎田のやんちゃ娘こと貴唯ちゃんだろう。

 海空姉さんが立ち上がって俺たちを出迎える。


「三人ともようこそ。巴と迅堂ちゃんはアルバイトお疲れ様」


 海空姉さんが俺たちに声をかけてきたことで、背中を向けていた貴唯ちゃんも肩越しに振り返る。


「巴兄さん、春ちゃんも、おかえりー。というか、そっちの美人さん誰!? すっごい美人さんじゃん。格好いい!」


 笹篠を見つけるなり気怠そうな態度を一転させて正座し、尊敬のまなざしを注ぐ貴唯ちゃんに笹篠は苦笑する。


「白杉君のクラスメイトで彼女の笹篠明華です。よろしく」

「マジ? 春ちゃん振られたの? 巴兄さん、表出ろよ。締め出してやる!」

「振られてませんよ! 笹篠先輩が意地汚く外堀を埋めに独走しただけです!」

「巴、売れ残りのチーズケーキは?」

「全部売り切ってやったぜ」

「……巴?」


 若干の絶望顔を浮かべかけた海空姉さんに、笹篠がすっとケーキの入った箱を差し出した。


「モンブラン三個とチーズケーキが二個あります。みんなで食べましょう」

「素晴らしいね! 笹篠さんには巴の横に座る権利をプレゼントしよう。逆端はボクが座る」

「笹篠先輩がケーキを多めに買ったのは私への嫌がらせじゃなかったんですか!?」

「とりあえず、みんな座れ。俺は紅茶を入れてくる」

「――お茶をお持ちしました」


 ……さすがは本家のお手伝いさん。仕事が早い。

 人数分の食器も用意され、モンブランやチーズケーキが配られる。

 貴唯ちゃんが早速笹篠に声をかける。


「笹篠さん、下の名前は? あと、姉さんって呼んでいいですか?」

「明華よ。別に構わないわ」

「じゃ、明華姉さん! もしかして、竹池のおじさんが言ってた巴兄さんとダブルス組んだ人?」

「そうよ」

「やっぱりそうだ!」


 盛り上がってるなぁ。

 あ、このモンブランなかなかおいしい。笹篠と迅堂が作ったケーキには敵わないけど。

 というか、今日だけでケーキ三つ目だ。正月太りの前に太りそう。


「松瀬さん、夏以来ですよね。相変わらず和風美人の体現って感じで綺麗です」

「ふふっ、迅堂さんも働きぶりは方々から聞こえているよ。商店街の方でも活躍しているらしいじゃないか」

「あれ? あのお店って松瀬親族の経営でしたっけ?」

「違うけれど、横の付き合いがあるのさ」


 モンブランを食べていると、お手伝いさんの視線を感じた。

 何か仕事でも頼みたいのかな、と顔色をうかがってみるが様子が違う。

 ふむ、これは……嫌な予感がするな。

 松瀬本家で嫌な予感がするとき、それはほぼ確実に海空姉さんが発端になる。

 笹篠、迅堂をわざわざ招いたくらいだ。もともと何か企んでいるのは容易に想像がつく。

 海空姉さんが笹篠と迅堂、ついでに貴唯ちゃんにおもてなし精神を発揮すると仮定して、ついでに俺をおちょくろうとするのなら――あれだ!


 俺はモンブランを一気に平らげ、すぐさま立ち上がった。

 直後に海空姉さんが反応する。


「――貴唯、取り押さえろ!」

「巴兄さん、覚悟しろし!」

「貴唯ちゃん、ケーキが落ちるぞ!」

「えっ!?」


 食べかけのチーズケーキに視線を戻して動きが遅れた貴唯ちゃんの手をかいくぐり、お手伝いさんが閉めたふすまを開け放つ。


「先輩、止まってください!」

「白杉、ちょっと待ちなさい」


 迅堂と笹篠がケーキそっちのけで俺を追いかけようとする。この二人、未来から戻ってきたな!?

 ということは、海空姉さんも戻っている可能性が高い。俺の行動が読まれているのなら、隠してるはず。

 振り返る。海空姉さんの手元には何もない。

 やはり、別のところに隠してある。

 廊下を駆け抜け、物置の前を通り、二階への階段を駆け上る。

 予想が正しければ、ここに隠しているはずだ。

 二階の一室。旧海空姉さんの部屋であり、現物置に突入する。


「――確保!」


 海空姉さんの思考を読み切って、俺はそれを――アルバムを手にした。

 足音が聞こえてきて振り返ると、迅堂が追い付いてきていた。


「くっ、先輩の幼少期コレクションを拝むまたとない機会が!」

「厳重に封印させてもらう。絶対にだ!」


 どんな弄られ方をするか分かったものじゃない。

 迅堂に続いて到着した笹篠が悔しそうな顔をする。


「あぁ、白杉の子供の頃の写真が……」

「諦めろ。これは門外不出、何人たりとも見ることは許さん」


 というか、中身の写真が抜かれたダミーだったりしないだろうな?

 そっと中を覗き見る。よし、中身入り。

 最後に到着した貴唯ちゃんが若干息を乱して膝に手を置く。


「巴兄さんの着物姿シリーズだけ、海空姉さんが印刷しておいたって。下に見においでって言ってたし、戻ろうよ」


 嘘だろ、おい……。

 いや、ダメージはでかくない。許容範囲だ。


「巴兄さんに伝言。寝顔や入浴写真諸々をよくぞ守り抜いた。褒めてあげなくもないけど面白くない、だって」

「いつか覚えてろよ、と言いたいのに弱みを握られ過ぎて仕返しできる気がしねぇ……」


 でも致命傷は防いだ。御の字だ。


「流石はラスボス姉さん、やり手ね」

「先輩が手玉に取られてますね」

「いつものじゃれ合いだし、本当に仲いいよね。彼女候補さんの前でどうかなって思うけど」


 仕掛けてきたのは向こうだけどね!

 ぞろぞろと一階に降りて客間に戻る。

 テーブルの上に俺が幼少期の頃の着物姿の写真が並べられていた。


「巴兄さん、めっちゃ可愛い!」

「これ先輩ですか? あ、このアーモンド形の目、確かに先輩だ」

「へぇ、白杉ってこんな頃から和服を着てたのね。着慣れてるようだし、普段から?」

「毎日ってわけではなかったけれど、他所の家よりも和装の機会が多いからね。貴唯の写真もあるよ」

「なっ!? 海空姉さん、ちょっとタンマ! 巴兄さんどいて、邪魔!」

「うーん? 俺がアルバムを回収しに動き出した時、止めようとしたのはどこの誰だったかな?」


 人を呪わば穴二つ。お前も一緒に落ちるのだ。

 そんなことをしているうちに時間は過ぎて、時計は午後八時を指した。


「笹篠、迅堂、隠し持ってないか?」

「持ってないわよ。荷物を調べてくれても構わないわ」

「なんなら身体検査にも応じますよ。疑ったお詫びは貰いますけど」

「貴唯ちゃん、返してくれる? 言っておくけど、俺にも海空姉さんほどではないけど色んな伝手がある」

「……後でこっそり渡す手はずだったんだよ」


 やっぱりか。貴唯ちゃんからも写真を回収。後でシュレッダーにかけておこう。


「はぁ、バレちゃったか」

「ごめんなさい。明華姉さん、春ちゃん」

「ダメもとだったから、大丈夫、大丈夫。この迅堂春、正攻法で先輩の写真を手に入れます! 先輩、くださいなー」

「やらんわ」


 しっかりと封印を施して鞄の中へ。


「やれやれ、一難去ったな」


 俺と同じように写真をカバンに入れていた貴唯ちゃんが俺の言葉に顔を上げる。


「一難去ったと言えばさ。いまだに刑事さんがキャンプ場に訪ねて来てんの。巴兄さんと春ちゃんのこともやたら聞いてくるってパパが言ってたし、そっちにも訪ねて来てたりする?」

「刑事? 来てないけど」


 迅堂を見るが、心当たりがないらしく首を横に振っている。

 貴唯ちゃんが不機嫌そうに続けた。


「キャンプ場さー、来年の夏には再開したいのにいつまでも刑事がうろちょろしてたら評判が悪くなるじゃん? 犯人も捕まってるし、何を嗅ぎまわってるのかなーって」


 警察か。

 兎狩りの件もあるから、あまり関わり合いになりたくはないけど……。


書籍化が決まりました!

詳細は活動報告にて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 巴w…未来から来た訳でもないのに予測がスゴすぎw おっ、その刑事とやらは未来人確定か? いや、刑事ってのもダミーな可能性もあるかな? 巴は特定しそうかな、今までの実績からすると。 書籍…
[気になる点] やはり警察関係者に未来人なのかな
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