第3話 ケーキ屋バイト
ケーキ屋に到着するなり、バイトの衣装だと渡されたサンタ服を着こむ。
「サンタコスプレが似合いすぎですね。先輩の人のよさが出てますよ」
「期間限定過ぎてあんまり嬉しくないなぁ」
「ハロウィンに着ればいいじゃないですか。あわてんぼうのサンタですよ。絶対に似合いますよ!」
「今度は褒めてないだろ」
かく言う迅堂の衣装は俺と同じサンタだ。ズボンの俺とは違い、ロングスカートである。
バイトが熱を出して人手不足になった経緯もあって、ロングスカートを急遽買ってきたらしい。
「褒めるところですよ、先輩!」
「トナカイすら空を飛ぶ日だけあって、信じられないことが起こるな。似合ってるよ」
「天変地異かなにかみたいに言わないで素直に褒めましょうよ!」
「因果応報だ」
四字熟語のやり取りをしつつ、店頭に出る。クリスマスイブだけあってお客が多い。
バリエーション豊かなケーキを覚えて売り子を開始。
どこかで見た覚えのある女の子が俺と迅堂を見て手を差し出した。
「サンタさん、プレゼント頂戴」
「ごめんね。落っことしたんだ。だから、買いなおすためにここで働いているんだよ」
口から出まかせ嘘八百。
女の子は感銘を受けたように頷く。
「子供の夢はサンタの労働で叶う……」
「待って、現実論に持っていかないで」
夢を壊さないようにしたかったのに。
思い出した。この子、春に迅堂とのバイト帰りでバスの降車ボタン争いした子だ。
少女はふっとシニカルな笑みを浮かべて明後日の方角を向いた。
「むなしいな……。金で買う夢というものは……」
この子、マジで何のアニメを見てるんだろう。
女の子はやり切ったようなドヤ顔をしてポーチから財布を取り出した。
「というわけで、モンブランください」
「はい、毎度ありがとうございます。おひとつですか?」
「三つおねがいします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
切り替えの早い子だ。本当に大物になりそう。
特に問題も起らずに時間が過ぎていく。もっとも、時間を認識していられるほど暇ではなく、ひっきりなしに訪れるお客さんの相手で忙しい。
午後七時を回る頃、ようやく客足が落ち着き始めた。ケーキが並んでいたショーケースも完売の札が目立っている。
「斎田さんから聞いていたけど、迅堂ちゃんは働き者で本当に助かるわ」
ケーキ屋店主の塚田さんが迅堂を褒めたたえる。
「飛び込みバイトですから、有能なところを見せないと、って張り切ってますので!」
「もう満点評価よ。そうだ、巫女バイトに興味はないかしら?」
「面白そうですね」
「よかった。迅堂ちゃん、きっと似合うわよ。巫女服で落ちない男はいないから、誘っておきなさい」
「先輩、初詣来てください!」
「あらー」
あらーじゃないが。
「――聞き捨てならないわね」
来店と同時に聞こえるはずのない会話に割り込んでくる声。赤いコートをなびかせて来店したのはクリスマスカラーが似合う笹篠だった。
未来から巫女バイトの情報を得て戻ってきたな。
「モンブランを三つと、チーズケーキを二つください」
あえてだろう、迅堂の前に立って注文した笹篠は俺を見る。
「私も巫女バイトがしたいわ」
「俺に言われても」
「あらー」
塚田さんのそれって口癖?
「巴君ったらもう! おばさん期待しちゃうじゃないの! なんでもっと早く言ってくれないのよ、もう!」
何を期待しているのか知らないけれど、その期待を裏切る覚悟を強く持とうと思う。
「お名前はなんていうのかしら? 連絡はいつでもつく? 巴君を経由して連絡するわね」
ちゃっかり俺との接点を増やそうとしている。
迅堂は笹篠に注文されたケーキを箱詰めさせられて会話に加われずやきもきしていた。
「できましたよ。笹篠先輩、ほら、ご注文の品で――」
「後、そこのクッキーとココナッツボール、カヌレもお願い」
「くっ……」
追加注文で迅堂の行動を制限、巫女バイトをきっちり獲得した笹篠は悔しそうな顔の迅堂から余裕の笑みで品を受け取った。
「白杉、そろそろバイトも終わりの時間でしょう? 一緒にクリスマスパーティをしましょう。外で待っているわ」
「え、外は寒いだろ?」
「えぇ、だから早めに来なさい。迅堂さんを置き去りにしてでもね」
「絶対について行って邪魔します!」
塚田さんは微笑ましそうに笹篠と迅堂の睨みを眺めた後、俺の背中を叩いた。
「ちょっと早いけど、もうケーキもほとんど売れちゃったし後はサラリーマンが帰りにちらほら寄ってくれるだけだから、帰っていいわよ。忙しい色男をこんなおばちゃんがいつまでも使っていちゃ悪いものね」
「むしろもっとバイトしていたい気分」
これから笹篠と迅堂の会話に混ざって爆弾処理するより、バイトの方が気楽だし。
「先輩がいない内に笹篠先輩を追い返してやります!」
「望むところよ。クリスマスに思い出の空白というホワイトクリスマスをプレゼントしてあげるわ」
二人っきりにしたら記憶が吹き飛んで真っ白になりそう。
「やっぱり、バイトを終わりにします。二人とも、クリスマスイブくらい仲よくしろって」
「あらー」
バイト代を受け取って、俺は迅堂を引っ張って女子着替え室に放り込み、俺もさっさと休憩室でサンタ衣装を着替える。
すると、スマホが勝手に起動した。
画面に表示されるのはうさ耳にトナカイの角をはやした『ラビット』である。どっちかに統一しろよ。
『メリークリスマスイブ! 動物愛護精神に鞭打つ聖夜の到来だ! トナカイを馬車馬のごとくに働かせるぞ!』
……子供の夢はサンタの労働で叶う、か。トナカイにも目を向けた方がいいな。
『ラビットちゃんには関係ないけどね! でも、いい子にしてるからプレゼントがもらえるかもって期待しちゃったりするんだよね! ねぇ、ご主人?』
「会話BOTにどんなプレゼントをしろって言うんだよ」
『いろいろあるよ! 電子マネー、仮想通貨――』
「お金じゃねぇか!」
現金すぎる。
『いいじゃんかー。バイトして、お金はあるんでしょ?』
「お前に使う金はない」
『なぜー!? ラビットちゃんはこんなにもご主人を愛し、献身的に尽くし、いつでもギャーギャー騒いでいるのに!』
「騒いでいるからだよ! 夜中でも平気で起動しやがって、安眠妨害もいいところだ。よって、悪い子にはプレゼントなし。これから笹篠や迅堂とクリスマスパーティなんだ。それじゃあね」
今回はこっちから電源切ってやる。
『ラビット』の動作を停止させた直後、海空姉さんから電話がかかってきた。
「はい、海空姉さん、どうかした?」
『クリスマスパーティをするのだろう? 家においで』
「えっ、なんでいきなり?」
『理由は伏せておくよ。今、塚田のケーキ屋だろう? 迎えを送る』
強引に話を進めて海空姉さんが通話を切った。
俺はスマホの画面を見つめて考える。
本家は今、忘年会の準備で人を招ける状態ではない。海空姉さんが笹篠と迅堂を今の本家に招くのが気まぐれとはちょっと考えにくい。お手伝いさんたちも反対するだろう。
何かあるな。
俺は着替えを済ませてコートにスマホを入れ、店を出る。
ガードレールのそばでスマホを弄っていた笹篠が俺に気付いて顔を上げた。
「準備はできたわね? さぁ、白杉の家に行きましょう」
「ちょっと待ったぁ! 迅堂春をお忘れですよ!」
俺の後ろから駆け込んできた迅堂がマフラーを巻きながら滑り込んでくる。
「まったく、隙あらば二人っきりになろうとしますね。今夜は先輩の家に誰もいないと知っての行動ですか?」
「迅堂さんも知っていたのね。白杉の家の両親が今日は留守だってこと」
むしろ二人が知ってるのはなぜなんですかね。
造園業を営む我が白杉家は現在、一族揃って駅前や公園でのライトアップの保守点検のため、今夜は帰ってこないだろう。
「市のホームページで先輩の家業の動きはおおよそ確認済みです。今夜、白杉家は先輩と愛猫のソノさんだけ。一線を越えるまたとないチャンスです! 笹篠先輩、邪魔しないでください」
「そうはいかないわ。今夜だけは譲れない。どんな手を使ってでも迅堂さんを排除するわ」
「――二人とも、申し訳ないんだけど、海空姉さんに呼ばれているからクリスマスパーティは松瀬本家でやろう」
提案すると、笹篠と迅堂が硬直した。
「……ラスボスお姉さんの呼び出しかしら?」
「……クリスマスに魔王城へお誘いですか?」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ほら、迎えの車も来たから、行こうか」
妙にビビってるけど、いったい未来で海空姉さんに何をされたんだよ。




