エピローグ
待ち合わせ場所であるスーパーの前で、俺は祭り客を眺めて思う。
結構、浴衣の客が多いな、と。
山の中腹にある神社だから着慣れた洋服で向かう祭り客が多いと予想していたんだけど、この様子なら浮かなくて済みそうだ。
俺は黒い生地と灰色の帯のモノトーンの浴衣を着ている。迅堂に浴衣を指定されたからだが、実家や松瀬の家では和装で過ごすことも多いから特に違和感がない。
「君も友達と待ち合わせ?」
声をかけられて横目を向ければ、同い年くらいの女の子が首をかしげて愛想笑いしていた。
「私も友達と待ち合わせなんだけど、一緒に行きません? こっちは私含めて三人。そっちは?」
「ごめん。来るのは女の子なんだ。ただの友達だけど、今日は独り占めされる予定だから遠慮しておくよ。君たちもお祭り、楽しんでね」
「お、おう……。すごい慣れてる感」
お友達が来たようで、三人で歩いていく彼女たちに手を振って見送っていると横から刺すような視線を感じた。
「迅堂、やっときたか」
「もっと早く来るべきでした。まさか愛すべき後輩、迅堂春を抜きで祭り会場でもないのにお楽しみとは……先輩は侮れませんね」
「別に楽しんでないけど」
祭り客の流れに乗って、迅堂と二人で歩き出す。
「着付けは誰にやってもらったんだ?」
「松瀬のお姉さんがやってくれました。バイトを頑張ったご褒美にって」
似合いますか、と迅堂が袖を持ち上げてアピールしてくる。
白基調に青い朝顔が染め抜かれた涼しい見た目の浴衣だ。海空姉さんに振舞い方のレクチャーでも受けたのか、迅堂にしては楚々とした立ち振る舞いもあってなかなか可愛らしい。
「いつもと違った雰囲気で新鮮だな。可愛いと思うよ」
「ふふん、やればできる子ですからね。新鮮な可愛さをいつでもお届けします」
「通販かな」
「めっちゃお買い得ですよ? なにしろ愛の分割払いで手に入っちゃいます」
「一生払いの沼なんだよなぁ」
「ふっへっへ、愛に沈めてやりますよ」
馬鹿なことを話しながら坂道を登っていく。
ちらりと、横道を見た。
街灯もほとんどない暗い夜道。祭りへ向かう客の流れからも外れるその道に人通りはない。
以前の世界線で、迅堂が丑の刻参りの女に殺され、笹篠が別の何者かに殺された道。
あの時、笹篠を殺したのは大塚さんだったとは――正直、思えない。
あの段階で小品田さんは丑の刻参りの女を追いかけた先で焼死しており、大塚さんは自らの手を汚すこともなく目的を達成している。無関係の笹篠を殺害する動機がない。
だとすれば、笹篠を殺した何者かはいまだに自由に動いている。
「――先輩、どうかしましたか?」
「火の玉がなくてよかったと思ってな」
「怖いこと言わないでくださいよ」
迅堂は不安そうに森を横目に見て、俺との距離を少し詰めた。
「陸奥さんたちは祭りに来るのかな?」
「どうですかね。お祭りのことは知ってると思いますけど。あ、私との仲を見せつけたいんですか? 仕方がないですねぇ。彼氏らしい振る舞いをしてくれたら自慢してあげなくもないですよ」
「綿あめ食おうぜ」
「すっごい雑な流し方しますね!?」
綿あめを購入して迅堂の方へ傾けると、迅堂はひょいと指先でつまんでパクリと一口。
「あれ、なんか生姜っぽい味ですよ」
「え? あ、ほんとだ」
一口食べてみると確かに甘さ控えめで生姜の香りがふわりと漂う。
屋台を振り返ってみると、ただいま生姜味、と小さな板が横に立てかけられていた。
時間ごとに味を変えるんだろうか。ちょっと気になる。
「見落としてたな。でも、これは中々」
「綿あめって食べてるうちに飽きちゃいますけど、風味が付くと止まらないですね。普通においしいです」
「意外な発見だよな」
二人で感心しながら、境内の隅で綿あめを分け合う。俺たち以外にも数人で連れ立ってきたらしい地元の中高生や親子連れでにぎわっていた。
陸奥さんたち吹奏楽部の姿もあったが、陸奥さんは俺と迅堂が二人きりなのに気付くとハッとした様子で口を押さえ、無言で会釈して去っていった。
間違いなく誤解してるな。
「このお祭り、肝試しの夜に失敗すると中止になるんですよ」
「まぁ、近くで人死にが出ればな」
中止になる未来は実際に知ってるけど、チェシャ猫を警戒して知らないふりをする。
迅堂はつまんだ綿あめで縁日の光を透かしつつ、誇るように続けた。
「つまり、このお祭りが無事に行われるのは私たちのおかげと言っても過言ではありません。ご利益ありますよ、きっと」
「あるかなぁ」
「心配なら後でお参りしておきましょう。それで恩着せがましく説明して、ご加護を強請ります」
「むしろ祟られそうだからやめなさい」
神様くらいには守ってもらわないと、あっさり死ぬ予感がする。
くすくす笑った迅堂は綿あめを食べて、夜空を仰いだ。
「まぁ、事件が起きてもこの夏みたいに二人で乗り切れますよ。だから、ちゃんと相談してくださいね」
「迅堂もな。俺に出来ない相談なら、家族とか、笹篠や海空姉さんでもいいし」
「私は自殺なんてしないですよ」
「俺もしないよ」
「ですよねー」
あっさりと納得して、迅堂は立ち上がる。
「未来人の私が言うのもなんですけど、将来の話ばっかりしてもつまらないです。今は目の前のお祭りデートを楽しみましょう。気分はVIPです。神様のご加護もありますからね」
「そうだな。何か食べたいものとかあるならおごるよ」
「やった! かき氷を食べましょう。抹茶小豆のやつ!」
「意外と渋いチョイスだな」
迅堂に手を引かれて、俺たちは祭りの屋台通りへ歩き出す。
まだ夏休みは半分ある。
賑やかな祭り囃子と元気で明るい迅堂の笑顔がこれからの夏を予感させた。




