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第7話 結成理由

 アルバイトを終えて、喫茶店を出る。


「明日からは夜の部でアルバイトをお願いするよ。大学の小規模サークルの新歓で予約が入っているから」

「分かりました。迅堂は俺が迎えに行く形? それとも、一人で大丈夫?」

「先輩が家に来るんですか!? お茶菓子を用意しておきます!」

「迎えに行くだけだからね?」


 笹篠、迅堂の二人とバスに乗る。

 昨日とは時間がずれているからか、保育園児はいなかった。


「住所を考えると、迅堂を送った後、笹篠を送る感じか?」

「悪いわね。よろしく」

「白杉先輩、笹篠先輩はさっき、心配した両親が車を回すって言ったのを断っていました!」

「な、なんでそれを!?」

「ふっふっふ、如何に巧妙に隠そうとも、実質的に無限の時間を繰りかえ――」

「笹篠の両親が在宅中なら、バス停まで迎えに来てもらうってのもアリだけど、どうする?」


 迅堂、ラテアートが上達するまでよく無事だったな、お前!


「悪いけど、送って?」

「了解」

「むがー」


 迅堂がキレた。


「明日のバイトの行き帰りは二人きりですからね!」

「あぁ、はい」

「何でそんなに反応が薄いんですかぁ!」


 君らのフォローで疲れてるからだよ。

 バス停を降りて迅堂を送り届け、その足で笹篠の家に向かう。


「賑やかな子よね」

「ムードメーカーではあるな。あれでもバイト中は真面目だし、オンオフの切り替えははっきりしてる感じだ」


 未来から戻ってきただけあって、喫茶店のメニューも洋食酒場のメニューも丸暗記しているし、食器などの場所も把握している。何度か繰り返しているから常連客の好みだって知っているので、宮納さんも助かっているようだ。

 正直、俺よりもずっと役に立っている。未来の経験の差だと思いたい。

 笹篠がちらりと横目でにらんでくる。


「へぇ……評価してるんだ?」

「笹篠も、あいつの働きぶりを見ただろ? 評価に値しないとでも?」

「正直、侮ってたわ。動きがすごくテキパキしてたし、働き者だと思う」


 笹篠もなんだかんだで迅堂のことは評価しているらしい。


「悔しいけど、ラテアートも上手いわ」

「宮納さんがメニューに正式に入れるか検討するって言ってたからな」


 迅堂がバイトを辞めたらメニューから消えちゃいそうだけど。

 大通りを歩きながら、俺は気になっていたことを尋ねる。


「何でチーム競技が嫌いになったんだ?」


 中学時代にバレー部だった以上、嫌いになるきっかけがあったはずだ。

 笹篠は顔をしかめたが、沈黙を貫き続けるには自宅が遠すぎると気付いたのか、口を開く。


「人の粗が目につくのよ」


 ぽつぽつと話し出した笹篠はため息交じりに夜空を見上げた。


「できないのは仕方がないことだと分かっている。だから、できないことは咎めないわ。でも、やらないのは許さない」

「本気を出すかどうかって話?」

「そう」


 男女ペアで俺を指名したのはそれが理由か。

 手を抜くつもりはもともとないけど、なおのこと頑張らないといけなくなった。

 笹篠は諦めたような苦笑で俺を見た。


「やる気のなさを指摘していたら、やらない連中が消えて、やる気のある集団になると思ってた。でも、違った。私が怖がられてハブられるだけだったのよ」

「それが、退部の理由か」

「そういうこと。私が一番実力があった。けど、チームワークを乱した。だから排除されたの」


 バレーボールのクラス代表にはなりたがらないわけだ。

 授業でイベントとはいえ、本気で勝ちに行くクラスメイトだけでチームを固めるのは難しい。どうしても仲良しで固まって、女子グループごとのチームを結成するだろう。実力とやる気だけで選抜することはない。

 それこそ、チームワークの問題だ。


 笹篠は続ける。


「チームワークを乱さないようにするには、怠惰を許さないといけない。力を抜くメンバーの存在を許して、妥協しないといけない。それが嫌だから、私はチームスポーツが大嫌いよ。私一人が全力を出して勝ち負けが決まる方がすっきりするの。ずっと物事が簡単になるでしょう?」


 プロの世界ならまた違うんだろうけど、学校の授業や部活で求めるのは難しい条件だ。

 昔、海空姉さんが冗談めかして言っていた。


「人が傍らにいると到れないから倒れると書く、か」

「なに、それ?」

「とある引きこもりからの受け売り。俺は違うと思う。人が全力を出して到るから、最後には倒れるんだ。一人かどうかは関係ない」


 だから、勝負事には全力で挑む。

 俺は何かの才能があるわけでもないけど、負けず嫌いな自覚がある。


「俺の負けず嫌いを笹篠も未来で知ったから、ペアに選んだんだろ? なら、倒れるくらい頑張るさ」


 笹篠が笑う。


「最初の私はその表明を話半分で聞いたけど、白杉は本当に倒れるまで頑張るんだよね。いつも、いつも……」


 何かを呑み込むような間を挟んだ後、笹篠は俺の腕を軽く叩いた。


「クラス代表を勝ち取って、必ず本戦にたどり着くわよ!」

「おう、頑張ろう」


 ……なんか、いまの言い回しに違和感があった気がするんだけど。

 いや、考え過ぎか。


「白杉、テニスのラケットだけどさ、一緒に買いに行かない?」

「学校でも貸し出しがあったろ?」


 確か、去年は何人かに貸し出されていた。結局は自前の道具を持っていたテニス部がクラス代表を勝ち取っていったけど。

 今年は未来人が絡んで大番狂わせだ。テニス部員には同情する。

 笹篠がやれやれと肩をすくめる。


「買い物デートって単語、知ってる?」

「たった今、辞書登録を済ませた」

「まったく、頭の回転は早いくせに変なところで鈍いわよね。まぁ、いいわ。それで、どうする?」

「駅前にスポーツ用品店があったよね? あそこで売ってる?」

「売ってるわよ」

「なら、明日の放課後にでも行こうか。バイトは夜だから時間もあるし」

「私との買い物デートの後、後輩の家まで迎えに行ってバイト先に同伴出勤とは、この鬼畜」

「事実を並べただけで強烈な破壊力!」


 でもこれ、俺が悪いの?

 そこはかとなく理不尽のスメル。


「私の家、このマンションだからここまででいいよ。父さんに見つかると半殺しになるしね」

「えっ、怖い」

「大丈夫、プロだから後遺症は残さないよ」

「余計怖い」


 どんなお仕事してるんだよ。

 マンション前で笹篠と別れ、さて帰ろうかと歩き出す直前、まるで見計らったかのようにスマホが鳴った。

 海空姉さんである。


「もしもし?」

「やっほー。巴の頼りになるお姉さんだよ。うちにおいで。以上」

「待ってよ。昨日、家に帰ってないのに――切れた」


 通話が切れたスマホの画面を見る。

 仕方なく、両親に連絡しようとすると勝手にアプリが立ち上がった。


『ラビットちゃんは構ってくれなくて大層ご立腹であーる』

「そういえば、こんなのもあったな」


 昨日、今日と未来人に日常をかき回されている真っ最中なので、会話BOTに構っている暇なんてなかった。

 この手のアプリって、家で暇なときに相手にするもんじゃないの?


『やれやれまったく、起動の瞬間を今か今かと待ち続けていたというのにまさかの放置プレイ! そんなんでラビットちゃんが興奮するほどまだ親愛を積み重ねてないでしょーが!』


 両手を頭上に掲げて『がおー』とか言ってるラビットを見て、どうしたものかと考える。

 とりあえず、笹篠のマンションの前でこれと会話するのはダメだろ。もっと言うと、外でこれと会話するのもアウトだろ。

 電源、落とすか。


『タンマ! 電源、落とす、良くない、ヨクナイヨ!』

「なぜ、片言」

『やっと反応した! へいへーい、なかなかのイケボじゃないですか。ご主人がイケボなのは会話BOT的に幸福じゃい! もっと聞かせて、そのイケボ! ご主人の、イケボをもっと、聞きたいな!』

「まぁ、通話の振りをしておけばいいか」


 スマホを耳に当てて、通話に偽装しつつ松瀬本家に歩き出す。


「それで、何を話せばいいんだ?」

『お、刑事ドラマっぽいセリフ。へっへっへ、ブツの在処さ。知ってんだろ?』

「刑事じゃなくて悪役かよ」

『刑事よりはラビットちゃん向きかなぁって。悪人って不真面目ならいいんでしょ?』

「悪人にも計画性は必要だと思うけどな」

『あはは、悪人も未来からくればいいのにね!』

「……は?」


 思わず、耳に当てていたスマホの画面を見る。

 画面に表示されたラビットはバニーガール姿の少女のまま、シルクハットを被って片手に持った懐中時計を振り回していた。

 ラビットがにやりと笑う。


『――ご主人、ラビットちゃんに興味は出たかい?』


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