第42話 家を狩られた時
熱い夜、直火。
嫌な予感しかしない。
「えっと、迅堂さんや。どういうこと?」
暗い部屋で女の子に押し倒されているなんて状況なのに、嫌な予感しかしていない。
迅堂は暗い室内だというのに輝くような笑顔で口を開いた。
「約一時間後、この管理小屋が放火されます。電気を消したのは私たちが寝静まっていると思わせるためですよ」
「お、オッケー、無理心中、ヨクナイ、あーゆーオーケイ?」
「焦りすぎですよ、先輩。変なとこで可愛いですね」
焦らないでいられるわけがないんだな、これが。
深呼吸でもして気分を落ち着けようとしたらいい匂いがする距離で一体どうしろと?
「別に無理心中するつもりなんてないですよ。伝言の内容を思い出してください」
「……家を狩られた時ってそういう意味かよ」
家狩さんのことじゃないのか。
いや、家狩を名乗る世界線での出来事ってことか。変なところでダブルミーニングを仕込みやがって。未来の俺がドヤ顔してそうだ。
一時間後に管理小屋が放火されて燃えるのなら、西に投げるのは――
迅堂は腕で体重を支えるのに疲れたのか、そのまま俺に覆いかぶさってくる。
「時間がありますし、順を追って話しましょうか」
「少年漫画のラブコメみたいなこの体勢で?」
「この体勢ならお互いドキドキして眠気に負けないです。それに、ここは窓からの死角になってるんですよ」
俺の理性に死角が生まれそう。
「私がこの状況にたどり着くのはこれが二回目です。私にとってはこの状況が最終防衛ラインでした」
この体勢で真面目な話をする?
「迅堂、ちょっとまって。理性を丸くするから」
「丸く? ……四角、死角?」
身じろぎしないでほしい。
やわらかい。
よし、切り替え完了。
「最終防衛ラインっていうのはどうしてだ?」
「きっちり切り替えてきましたね。サイコロ並みに無機質にコロコロと態度を変えるじゃないですか」
ちょっと残念そうにため息をついた迅堂は俺の質問に答えた。
「私は犯人を知りません。バタフライエフェクトで管理小屋への放火のタイミングがずれる可能性もあって、対応が後手に回る恐れがあります。この最終防衛ラインは不確定要素が多すぎるんですよ。ただ、伝言を私に託した先輩は何か確信があるようでした」
だろうな。
実際、俺は犯人やこの後の対応をおおよそ把握している。
「この夜までに犯人を捕まえられれば、そっちの方がいいわけだ」
「はい。捕まえるまでいかなくても何らかの情報を得られればいいんです。私は未来人ですから」
「肝試しの夜に単独行動をしようとしたのもそれだな」
「二人で行動すると犯人が動かないので、一人で行動する必要がありました」
察してはいたけど、ことあるごとに犯人に飛び込んでいくように見えたのもこれが理由か。
迅堂が返り討ちに遭うことで俺が情報を過去に持ち帰ることができ、この最終防衛ラインまで持ちこめたのは皮肉だ。
反面、迅堂は気が気ではなかっただろう。
「迅堂は以前の世界線と比較してどれくらいの新情報を得られたんだ?」
「丑の刻参りが行われている可能性がある、くらいですね」
大塚さんにはたどり着いていないのか。
おそらく、管理小屋に放火するのは大塚さんだ。動機は、バンガローへの放火の罪を擦り付ける相手である丑の刻参りの女を消防団に通報する俺と迅堂が邪魔だからだ。
伝言を託した未来の俺も大塚さん犯人説まではたどり着いていた。未来人であることまでも突き止めていただろう。
だが、大塚さんが未来人であることを迅堂に明かすことはできず、事件の核心を伝言として託せなかった。
あの伝言は、未来人のこともチェシャ猫のことも知っている俺が最後の最後で大塚さんに裏をかかれて、炎上する管理小屋から迅堂を通じて今の俺に託したものだったのだ。
こんな形で俺の死を知ることになるとは……。
「丑の刻参りの話を聞いた時、私がどんなに焦ったか分かりますか?」
「バタフライエフェクトが起きたのは確実だから、最終防衛ラインにたどり着けない可能性も出てきたってことか」
「それですよ。正直、今でも最終防衛ラインが機能しているのか半信半疑です」
不安そうに迅堂がちらりと西の窓を見た時だった。
カタン、と小さな物音が売り場の方から聞こえてきて俺と迅堂は硬直する。
何か物が倒れるような、扉に立てかけられるような音だった。
つっかえ棒、という言葉が脳裏をよぎった瞬間、迅堂が俺の耳元でささやく。
「……閉じ込められました。カウンター裏の扉に何か重いものを立てかけられてます」
「この管理小屋、出入り口があの扉しかないもんな」
リビングにある西と北の窓は小さくて潜り抜けることができない。カウンター裏の扉さえ塞いでしまえば、脱出は困難だ。
「対策はしてあるんだろ?」
「薪割り斧を部屋に置いてあります。扉を壊して出られますよ」
「破壊が前提か……」
「だって、この管理小屋は燃えちゃいますし」
「さっき言ってた選択肢で、伝言なんて置き去りにっていうのは何をするつもりだったんだ?」
「火を付けられる前に外に出て、犯人を捕まえます。現行犯で捕まえられればいいんですけど、多分言い逃れできる状態なので犯人の情報は得られても事件の解決はできません」
そして、俺たちが全員不審な自殺を遂げる未来につながりかねないと。
それどころか、大塚さんが口を滑らせてチェシャ猫が発動し、迅堂が記憶と人格を失う可能性もある。
直接対決はまずい。
やっぱりこの管理小屋は燃える運命らしい。
「斎田さん、ごめんなさい」
「明日、一緒に謝りましょうね」
「もう今日だよ」
日付が変わってるし。
どこからか焦げ臭い空気が漂ってくる。火をつけられたらしい。
本来なら死を覚悟する状況だというのに、俺は迅堂と顔を見合わせて静かに笑いあった。
「時間は?」
「午前零時五十七分、たった今八分になりました」
残り二分。
俺はスマホを握り、迅堂を押しのけてソファから立ち上がる。
「脱出しよう」
「犯人と二対一ですね」
いや、今すぐ処理する。
俺は西の窓に歩み寄り、曇りガラスのその窓を開けてスマホを投げた。
暗闇に画面が光る。
見届ける前に窓を閉め、俺は迅堂を振り返った。
部屋に一度戻った迅堂が薪割り斧を持ってくる。
「破壊衝動に目覚めました!」
「よし、やってしまえ!」
迅堂を先頭にリビングを出て、カウンター裏に繋がる扉を押す。やはり何かがつっかえているのか開く様子はない。
「下がってください」
迅堂に言われて、数歩下がる。
「お覚悟!」
振り上げられた斧が扉を容易く割り開く。数回叩きつければ、木製の扉は砕けた。
「うっわぁ……」
砕け落ちた扉の向こう、カウンター越しに見る売り場の惨状に迅堂が思わずつぶやく。
売り場に並んでいた燃料がばらまかれたのだろう。すっかり火の手に包まれていた。
後五分遅かったら、扉を破壊できても炎に包まれて死んでいるだろう。
未来人の迅堂が放火の情報を持ち帰ったうえで事前に対策出来ていたから脱出可能なだけで、本来ならこの時点でアウトだ。
「呆けてる場合じゃない。さっさと逃げるぞ」
「りょ、了解です!」
迅堂の肩に手を置いて、俺は先にカウンターを乗り越える。
入り口横の消火器を探すが、放火する際に持ち逃げされたらしく見当たらない。
まぁ、最初から期待はしてなかったさ。
管理小屋の玄関のドアノブは火に熱せられて熱を持っているが、売り場のペットボトルを拝借して中の水をかけて急冷し、押し開ける。
ミシッと嫌な軋み音が屋根の方から聞こえてきてゾッとする。
消防法にそぐわない古い建物だ。一気に屋根が崩落してもおかしくないのを忘れてた。
「迅堂!」
「せいっ!」
先に脱出させようと声をかけると同時に、迅堂に抱き着かれて管理小屋を転がり出る。
バキバキと破砕音が聞こえて背後の管理小屋を振り返ると、壁の一部が崩れて屋根が傾ぎ、玄関のドアが歪んで潰れていた。
事前情報があってもギリギリじゃねぇか。
迅堂が服についた土を払いながら立ち上がり周囲を見回す。
「間一髪でしたね。もうちょっと余裕を持って出られると思ったんですけど」
「まぁ、生きてるし今は目先の問題を考えよう。裏に回るぞ」
玄関は管理小屋の東側だ。
俺も立ち上がって、炎上する管理小屋を横目に裏手に回り込む。
案の定、そこに大塚さんが倒れていた。すぐ横に俺のスマホと大塚さんのスマホ、そして管理小屋から持ち出したらしい消火器が転がっている。
険しい顔をする迅堂の前に出て、俺はスマホを二つとも拾い上げる。大塚さんのスマホの電源を切って自分のポケットに入れた。
「迅堂、バンガローも確認するぞ。大塚さんはこのままここに転がしておこう。犯人はこの人だろうし、下手に動かさないで警察や消防に任せた方がいい」
「なんで倒れてるんです? 先輩のスマホが頭に直撃したんですか?」
「みたいだな」
正確には『ラビット』の録音台詞が直撃したんだけど。
小品田さんが眠っているだろうバンガローへと走り出しながら、俺は横目で大塚さんを見る。
この人が俺や家狩さんにあんな話をしたのは自分でも間違っていると分かっていたからなんだろうか。
ハッピーエンドになるような答えを求めていたんだろうか……。




