第39話 奇怪な宴
気付けば、洗い終えた食器を拭いているところだった。
取り落としそうになった皿を掴みなおし、俺はため息を吐く。
「先輩が珍しく失敗するところを見られました!」
「喜ぶなよ」
背中に声をかけられて振り返れば、迅堂がニヤニヤしながらこちらを見ている。
俺は洗い物を拭く手を止めて、キッチンを離れた。
この夜に起こることを整理すると、ワルターさんが倒れ、病院に運ばれた後でバンガローが炎上する。
放火犯として濃厚なのは大塚さん。大塚さんは小品田さんやワルターさんと飲んでいた様子があった。
過去の世界線も含めてバンガローの炎上では小品田さんが焼死する。おそらく、睡眠薬を盛られている。
ならば、いままさに酒盛りをしているだろう大塚さんたちの元へ行き、ワルターさんの安全を確保しつつ大塚さんを監視しよう。
午前二時に消防団を動かして丑の刻参りの女を捕まえる方向で動けば、未来人である大塚さんが阻止する動きに出る可能性が高い。
というわけで――
「ちょっと遊びに行ってくるわ」
「もう夜ですよ? 不良に憧れるとしても似合わないですよー」
「男には悪ぶりたくなる瞬間があるのさ」
「私も行きます!」
「それはダメ。一人で怖いホラー特番を見てなさい」
「なんでですか!」
当然怒るよなぁ。
ソファから立ち上がった迅堂が両手を前に構えて俺を捕まえる姿勢になる。
さて、どうやって説得しようか。
「迅堂、ひとつ確認したいんだけど」
「なんですか?」
怪しむように目を細めた迅堂がわずかに首をかしげる。その演技がかった態度に、俺は確信を深めた。
「伝言は今日、託されたものか?」
「……なんでそう思うんですか?」
「今日が丑の刻参りの最終日だからだ。状況が大きく動くとすれば今日しかない。まして、明日は笹篠が差し入れに来るが、それについての対応策を今日にいたるまで一切話題にしていない。笹篠が事件に巻き込まれる可能性が極めて低いか、迅堂が明日を観測していないから不明なんだと判断した。つまり、今日ないしは今夜、迅堂は伝言を託された」
笹篠が死亡した世界線での俺は精神的に参っていたと、迅堂は話していた。
笹篠が明日、何者かに殺害されたのを俺は観測している。
笹篠が死亡する事態を避けたいと迅堂も考えるはずだ。にもかかわらず、明日、笹篠が殺害される可能性について一切言及していない。
丑の刻参りの女に殺された迅堂は笹篠に何が起きたかを知らないし、伝言を託される状況でもなかった。
消去法でしかないが、伝言を託せるタイミングは今夜しかないのだ。
迅堂は俺をじっと見つめて何事かを考えていたが、やがて諦めたように肩を落としてソファに座り込んだ。
「正解です。でも、なんで私がついていっちゃダメなんですか?」
「十時までは売り場を開けておかないといけないだろ」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
これ以上を話すとチェシャ猫に引っかかる。
迅堂は納得いかなそうに俺を睨んでいたが、ふてくされたようにソファの背もたれにもたれかかってため息をついた。
「物分かりがいいと巷で評判の迅堂春は納得してあげますよ。私も私でやることがありますし。ただし、これだけは言わせてもらいます」
「なんだ?」
「先輩は私が前回経験した世界をほぼなぞっています」
「そうか」
それは朗報、なのか?
判断に迷うところだけど、伝言が活かせる世界線には乗っているってことだ。
俺はリビングに迅堂を残して廊下に出る。
足早にカウンターの扉を開け、売り場をざっと見まわして花火を数組手に取り、自分で会計処理を済ませて管理小屋を出た。
それじゃあ文字通り、
「お邪魔しますかね――」
※
ワルターさん、現在名、家狩さんのテントを訪問すると、大塚さん、小品田さんの三人で酒盛りの真っ最中だった。
組み立て式のテーブルの上にはビールの空き缶が並び、ほぼ食い尽くされたおつまみが置かれている。
そろそろお開きムードかな。
「おや、バイト男子君、見回りかい?」
多少酔っている様子ながら呂律もしっかりしている家狩さんが声をかけてくる。
俺は持ってきた花火を掲げた。
「花火で遊びませんか?」
まずは家狩さんがチェシャ猫に捕まらないように保護する。そのための作戦が花火である。
小品田さんと家狩さんは俺と花火を見て手を叩いた。
「夏は花火だもんな!」
「線香花火はあるかい? あれが好きでね!」
酔っぱらいはノリが良くて助かる。
早速小品田さんが立ち上がり、空き缶をすすいでから水を注ぎこんだ。
家狩さんは焚火の薪を弄って火力を調整し、簡単に火がつけられるようにしている。
唯一、大塚さんだけが一瞬眉をひそめた。俺が最初から疑って様子をうかがっていたからこそ分かったが、何も知らなければ気付かないだろう微妙な表情の変化だった。
未来人だからか、ポーカーフェイスが上手い。
「どれでも好きなものを取ってください」
「秘技両手持ちができるじゃん。気前がいいな!」
小品田さんが色違いの花火を二本とり、早速焚火で火をつけて楽しみ始める。
家狩さんは花火を吟味していたが、大塚さんを振り返って手招いた。
「どうしたんだい? 大塚君もおいでよ。童心に帰るのも一興だろう」
「やれやれ、男だけで花火をして何が楽しいやら」
「分かってないなぁ。男だけだからこそのノリができるんじゃないか!」
ちっちっち、と家狩さんは人差し指を左右に振り、適当な石や焚き火用のブロックのあまりを集め始める。
何をするつもりなのかと見守っていると、ぐるりと円状に並べた石やブロックの中に手持ち花火を井桁に並べ始めた。
危ないことをするつもりなのは間違いないので、近くにあった中身の入っていない鍋に水を汲んでおく。
「できた。これぞ危険を顧みない男児の禁じられた火遊び。綾取り花火である!」
初めて聞いたわ。
小品田さんと大塚さんを見るが、やはり二人とも知らないらしい。
軸部分を網目状に並べたその手持ち花火は全部で十四本。豪勢なそれに着火器具で一気に火をつけた家狩さんは数歩後退った。
手持ち花火が一斉に火を噴きだし、色とりどりの火花を前後左右にまき散らす。
「おぉ……煙っ!」
一瞬、その豪華絢爛な花火のあでやかさに感心したが、すぐ煙で見えなくなった。
むせる俺と大塚さんに目もむけず、家狩さんはやり切ったような顔をする。
「この一瞬のきらめきが花火のだいご味だねぇ!」
「もったいねぇだけじゃん!」
大塚さんのツッコミに俺も心から同意する。
だが、しびれを切らした迅堂が動き出さないとも限らないので程よく浪費して解散の流れに持ち込めるなら、こちらとしてもありがたい。
「大塚! オタ芸やろうぜ!」
小品田さんが持続時間の長さが売りの手持ち花火を四本持って大塚さんを誘う。
「花火でオタ芸って、ほぼ部族じゃん」
「似たようなもんだから! ほら、二本な」
凄い偏見を聞いた気がする。
っていうか、オタ芸出来るの?
家狩さんが口笛を吹いてはやし立てる。
「日本に来たなら一度は生で見たいよね、あのダンス!」
「お見せしよう! 文化祭の打ち上げに向けて鍛え上げたこのパフォーマンスを!」
「マジでやんのかよ」
苦笑しながら、大塚さんが花火を両手に持ち、少し離れたところで引火物がないかを確認した後、構えを取った。
そして始まるキレッキレのオタ芸。
やだ、スタイリッシュ……。
って、なんだこの空気……。
オタ芸を披露する酔っぱらいの大学生二人とそれをはやし立てる酔っぱらいの偽名外国人、反応に困っているバイトの高校生。
うーん、奇怪な夏の宴である。
丑の刻参りの女が見てもそっと離れること請け合いだ。
別の意味で、迅堂を連れて来なくてよかった。




