第34話 孤独な旅人
「雨よ、散れ! 風よ、唸れ! 今日は台風祭りじゃー!」
迅堂が両手を天に掲げて煽っている。徹夜明けでハイテンションだな、あいつ。
心配そうに迅堂と俺を見比べる斎田さんに、俺は声をかける。
「とりあえず、迅堂は一度寝かしつけておくので心配しないでください。昨晩の酒盛りのアルコール、残ってませんよね? 運転しても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。昨晩は飲んでないからね。お客さんたちは大変な状態みたいだけど」
小品田さんたち、俺と迅堂が監督を送ってキャンプ場へ帰ってきた時もまだ飲んでいたからな。しかもウイスキーとかの度数が高い奴ばっかり。
「売り場のインスタント味噌汁でも売ってきますか」
「巴君、抜け目ないよね」
そうかな?
車に乗り込んで出かけていく斎田さんを見送って、俺は迅堂に声をかける。
「迅堂、三時間くらい寝ておけ」
「先輩抱き枕付きなら考えます!」
「冗談言ってないで、マジで寝とけ。今なら、お客さんたちも全員二日酔いでまともに動けないから俺一人でも回せる」
迅堂を管理小屋の寝室に押し込んで、俺はカウンターに戻る。
すると、売り場に外国人、家狩さん(偽名)がいた。
インスタントの味噌汁とコーンポタージュを真剣かつうつろな目で品定めしていた家狩さんが俺に気付く。
「やぁ、二日酔いに効く薬とかないかな?」
「薬局じゃないので、ないですね。シジミの味噌汁とかありますよ」
「シジミかぁ。あれ、科学的な根拠はないんだってね」
「らしいですね。病は気からと言いますし、とりあえず信じたらいいのでは?」
「神と違って、イワシの頭はそこにあるしね。これを下さい」
インスタントのシジミ味噌汁をカウンターに持ってきた家狩さんから代金を受け取る。
「お湯をもらえたりするかい?」
「そこのポットに沸かしてありますよ。誰か来るかなと思ったので」
「準備がいいなぁ」
家狩さんはポットからお湯を注ぎこんだシジミ味噌汁を眺める。味噌を溶かすため割り箸でかき混ぜながら、暇を持て余したらしい家狩さんは俺に声をかけてきた。
「昨晩の映画、凄くよかったよ。おかげでテントに戻るのが怖くなってね。大学生かな。あのキャンパーたちと酒盛りを始めることになってしまったが」
家狩さんは管理小屋の扉を振り返った後、俺を見る。
「彼らも二日酔いだと思うが、味噌汁を買いに来たかい? 日本人は二日酔いになると味噌汁とおかゆを食べるんだろう?」
「まだ来てないですね。先ほど、キャンプ場を見回った時には静かだったので、皆さんまだ寝ているんだと思います」
いつ頃起き出してくるやら。
家狩さんは味噌汁を食べ始める。
発酵食品だから食べ慣れないかもと思ったが、気にした様子もない。
「日本は長いんですか?」
「細長いよね。ブーメランにしたらよく飛ぶと思うんだ。四国なんて、指が上手く引っかかると思わないかい?」
「いえ、滞在歴のほうです」
「そっちか」
ブーメランにする発想に驚いたわ。確かに四国はいい感じのくぼみがあるけど。
「もうどれくらい住んでるかもわからないなぁ。滞在期間は全部で六年強だけども、のべ滞在時間だともうわからないね」
のべ滞在時間って初めて聞く単語だよ。
同じ時間を何度もやり直している未来人だからこその言葉だ。
「一緒に時間を過ごせる仲間を探しているんだけどね。なかなか見つからない。個人的には、このキャンプ場は有望株だと思っていた」
偽名を世界線ごとにコロコロ変えて反応を見るあの方法だと、もしも見つけても記憶を吹き飛ばしてしまう。
しかし、それを説明すると未来人であることも未来人がいることも説明することになる。説明すれば、家狩さんをチェシャ猫が襲ってしまう。
必然的に、この人はずっと孤独な一人旅になるのだろう。
気の毒に思うが、反応をうかがうような視線を向けられた俺はとぼけるしかない。
「そうなると、大学生グループとはやっぱり世代間ギャップとかありましたか?」
「ふふっ、そうだね。世代間ギャップがあったね」
諦めたように笑う家狩さんは味噌汁を食べ終えると幾分かすっきりした表情で立ち上がった。
「台風は午後からが本番のようだし、テントの固定具合を確認しておこうかな」
「いざというときの避難所も確認しておいてください。キャンプ場のパンフレットの裏に書いてあるので」
「ありがとう。見ておくよ」
家狩さんが管理小屋を出ていく。
しばらくすると、お姉さん二人が連れ立って管理小屋の扉をくぐった。大学生グループの与原さんと難羽さんである。
「お、男子高校生だ。昨日の映画は凄かったね。君の選定だったの?」
売り場でインスタント食品を選び始める与原さんと別れて、難羽さんが声をかけてくる。
「上映会は俺の企画ですけど、映画の選定はもう一人のバイトの女の子です」
「あの子か。いい趣味してるね。すっごい怖かったよ。うちのサークルの大塚って奴、睡眠薬がないと眠れないんだけど、昨夜は酔い潰れて寝ちゃったよ。無茶な飲み方はしない奴なのに、よっぽど怖かったんだろうね」
「酒盛りもだいぶ盛り上がってましたもんね。お二人は二日酔いになってませんか?」
「あぁ、私たちは大丈夫。流石に、外で酔い潰れるほど飲まないって。これでも女だからね」
豪快に笑う難羽さんの横から、インスタントの味噌汁やスープをカウンターに持ってきた与原さんが苦笑する。
「むしろ、こんな時にかいがいしく世話をしてやると女子力をアピールできるのよ。君も酔い潰れた時は女の子のやさしさにほだされないようにしときなさい。私たちだって打算で動くんだからね」
「打算とわかっていても女性に優しくされて喜ばない男はいませんよ。五百五十円です」
六百円を受け取り、五十円玉をお釣りに返す。
二人は雨が降り出す前にと、管理小屋を出て行った。
台風と放火事件と殺人事件を警戒する十一日はこうして始まった。
まぁ、夜まで動きはないと思うけど。




