第24話 てふてふ
十一日の夜、俺は迅堂とバンガローのリビング部分で向かい合っていた。
小品田さんの事件は殺人事件と判断されて今も警察が周辺の捜査を行っている。
オーナーである斎田さんも予定をキャンセルしてキャンプ場の管理小屋に泊まりこむことになっていた。
キャンピングチェアに座ってうつむいている迅堂がぽつりとつぶやく。
「状況がまるで分からないです。なんで今回は小品田さんが……」
本来、小品田さんの死の運命はバンガロー放火での焼死だ。
しかし、今回の事件は違う。
夜、小品田さんはバンガローから姿を消し、神社近くの山中で顔に枯葉を被せられ、お祭り用の燃料をかけられたうえで焼き殺された。
その手口は、肝試しにおける迅堂、陸奥さんの殺害事件と同じものであり、迅堂曰く、肝試しで失踪した際の俺の死に方と同一であるという。
キャンプ場からわざわざ神社近くまで運んだことになる。体力が必要なだけでなく、動機がなければ使わない労力だろう。
実際、前の世界線で迅堂はキャンプ場の近くで焼き殺されているし、迅堂が観測した世界線での俺も同様にキャンプ場からそう離れていない場所で殺されている。
「不審な点は、なぜ今回は小品田さんが狙われたのか。そして、神社近くまで運んだ理由。この二点か」
「私たちが狙われなかった理由も気になりますね。二人で行動していたからかもしれないですけど」
迅堂がコーヒーの水面を見つめながら眉をひそめる。
俺はチョコクッキーを齧り、考えをまとめた。
「仮説は立てられる」
「仮説、ですか?」
迅堂が顔を上げて俺を見た。
警察もまだ捜査段階で、俺たちには証拠らしいものも何もないのに仮説と言っても信じられないだろう。
俺は前提として、二つ挙げる。
「一つ目に、昨夜、犯人と思われる仮称火の玉がキャンプ場の周辺に現れる。この火の玉は目撃するだけならともかく追いかければ殺害される」
「小品田さんが火の玉を追いかけた? 昨夜に限ってなんでそんなことを」
「それが二つ目だ。昨夜、俺と迅堂がバタフライエフェクトを起こしたんだよ」
そう話すと、迅堂も思い当たったらしい。
「トイレに一緒に行ったから、ですか?」
「もっと言うと、はた目からはイチャついていたように見えるんだわ」
俺の胸に迅堂が縋り付いていたわけで、話していた内容が聞こえなかったらイチャイチャしていたようにしか見えないだろう。
迅堂も俺の指摘で昨夜の行動を客観視したのか、若干頬を赤らめながらコーヒーをすすった。
俺も少々恥ずかしい。
「深夜のトイレの前で、高校生カップルがイチャイチャしている。そんなトイレに一人で入る勇気があるか?」
「ないですね。空気読めないどころの話じゃないですもん」
「まぁ、時間をずらそうとはするよな。そっとその場を離れて、火の玉を見かけたら?」
「……暇つぶしがてら、興味を惹かれて追いかける?」
「仮説だが、そんな流れだと思うんだ」
しかも、俺たちに気付かれないようにそっとその場を離れるんだから、水を差さないように気を利かせて懐中電灯の明かりを消した可能性もある。
「隠密行動へと切り替えた小品田さんに、火の玉の主も気付かなかったんだろう。結果、見通しのいい神社まで後を付けられた、とかな」
「私たちのせいで――」
「いや、小品田さんが殺されたのは火の玉のせいだ。それは揺らがない」
それだけはきっちりと釘を刺しておく。
どんな状況であろうと、人を殺した奴が悪いんだ。俺たちに責任は一切ない。
といっても、迅堂は責任を感じるんだよな。
自分がうまく立ち回れば防げたかもしれない。そう思ってしまう。なまじ、完全に防げる立ち回り方を見つけることができる未来人だけに、なおさらだ。
それでもすべてを救うのは無理だ。今この瞬間にも地球のどこかで人が死んでいるのだから。究極的には全世界の人類の不老不死化を成し遂げる研究でもしなくてはならなくなる。
どこかで、救う相手を線引きすることになる。未来人特有のエゴだ。
迅堂がそんな割り切り方をできるとは思えないから、俺は話を進める。
「仮説が正しければ、火の玉の進行ルートが分かったことになる」
「そうですね。キャンプ場から神社まで。小品田さんの失踪時間が私たちの……トイレ前でのゴニョゴニョと一致するなら深夜二時過ぎってところですか」
言葉を濁すと余計にいかがわしくなるんだけど。
その時、強風がバンガローを揺らした。
がたがたと音を立てる屋根を迅堂が不安そうに見上げる。
俺はスマホで時刻を確認した。
夜十一時だ。バンガローの炎上事件が起きるのはもう少し先だろう。もっとも、小品田さんが亡くなった以上、バンガローへの放火が起こるかは未知数だ。
「風が強いですね。雨脚はそれほどでもないですけど」
「台風だからな。雨もすぐに強くなるだろ。警察の捜査に影響が出ないといいんだけど」
「ですね。先輩が殺害された時とは違ってきちんと殺人事件として捜査してくれるみたいですし、犯人が同一人物なら過去に戻った時に対策が立てやすいです」
「捕まればいいんだけどな」
警察はあまり信用できない。
それでも、捜査の進展を待つのが得策だ。
「それにしても、犯人の目的は何でしょうか。無差別殺人なら、もっと被害が拡大していてもおかしくないですけど」
「活動を始めたのがここ最近ってことならおかしくはないと思う。基本的に一人のところしか狙わないみたいだし」
「先輩の時も、陸奥さんの時も、今回の時も一人でしたもんね。となると、死亡フラグは深夜に一人で出歩くこと、になりますか」
「問題は、ここがキャンプ場ってことだな」
何しろ、テントにもバンガローにもトイレはない。あまり連れ立っていくようなところでもない。
ただ、俺と迅堂の死亡フラグを回避するだけならそう難しくないな。
「今度過去に戻ったら、俺を一人にしないように立ち回ってくれ」
「そうします。後は今後のことですけど、キャンプ場バイトも終わりですよね」
キャンプ場の利用客が一人殺されたのだ。斎田さんも営業自粛を決めている。
とはいえ、まだ警察の捜査が続いており、数日はキャンプ場に拘束されるだろう。事情聴取は済んでいるけど、台風で中止された現場検証も行われる。
「この山にいる間は気を抜かず、二人で行動しよう」
「一緒に寝るしかないですね!」
「いや、待て待て」
「言質は取ったので!」
身を乗り出してくる迅堂の額を指先で押し返しつつ、ため息を吐く。
「放火されないとも限らないから、一緒に寝るのがマジで最善策なんだよな……」
俺は床を指さした。
「リビングで雑魚寝な」
「やった! キタコレ、きましたよ!」
はしゃぐ迅堂に苦笑する。
どうしても意識してしまう小品田さんの死に責任を感じないように、空元気を出しているのが分かってしまう。
今回は甘やかすべきだろう。




