第22話 台風一過、曇天
キャンプ場を走りながら、付近の森へと目を凝らす。
懐中電灯を当てて確認していくと、雨で湿った腐葉土が不自然に抉れている場所を見つけた。
足を止めて、懐中電灯の明かりの中で注視する。
「何か見つけたか?」
大石さんがやって来て、俺が照らした地面を見て眉をひそめる。
「足跡……じゃないな。何かを引きずった跡に見えるが――」
「靴のつま先だねー」
波理否さんが横から口を挟み、自分の懐中電灯で下草に隠れた別の跡を照らし出した。
「足を滑らせた後でもないよ。これはつま先を引っかけた跡だ。雨でぬかるんだ地面をつま先で軽く掘ってしまって、雑草の根に引っかかったんだろうね」
波理否さんが言う通り、足を滑らせた跡ではない。靴底の滑り留めの模様がないのも気になる。
これは、誰かが誰かを引きずった跡だ。
そして、引きずられた誰かは十中八九、迅堂だろう。
「急いだほうがよさそうだ」
大石さんの言葉に頷き、俺は先頭を切って森に入る。
強まりだした雨と風は森の中だと緩やかになる。それでも滴り落ちる雨水は多く、傘を持っていない俺たちはすぐにずぶ濡れになった。
引きずった跡はすぐになくなっていたが、おおよその方向が分かっていた。
臭いがしていたからだ。
雨の中でも消えないその臭いの正体を知っている。
暗い森の中、雨音と風に揺れる木々の騒めきに背中を押されて突き進む。
「……むごいな」
現場に着いた直後、大石さんがぽつりとつぶやいた。
木々が密集した森の中。頭上は木々の枝葉に遮られて雨がほとんど落ちてこない。地面も比較的乾いた状態だった。
木の根元に迅堂が転がっている。
顔に枯葉や枝を被せられて焼かれているのは肝試しの夜と変わらない。だが、今回は首に白い布のようなものがきつく巻かれていた。靴のつま先に泥汚れがひどいのは、ここまで引きずったからだろう。
絞殺後、ここに運んで焼いたのか。何故ここまでする必要がある。
不意に、肩に手を置かれて振り払いざま、後ろを見る。
驚いたように手を引っ込めた波理否さんが困ったような顔をした。
「手を開いた方がいい。血が出ている」
手?
迅堂の遺体を見る。別に手に異常はない。血の気が引いてこそいるが、綺麗なものだ。
「君の手だよ」
言われて、自分の手を見る。硬く握り込んだせいで爪が手のひらを傷つけたのか、血が滲んでいた。
強張った手を強引に開く。
「警察を呼びましょう」
スマホを取り出しつつ、波理否さんを横目で見る。
キャンプ場からここまで迅堂を運び、さらには絞殺したうえで枯葉や枯れ枝を被せて焼く時間を考えれば、波理否さんが犯人とは到底思えない。
キャンプ場にはすべての宿泊者が揃っていた。
犯人は外部の人間。動機は不明。手口から見て肝試しの夜の殺人鬼と同一と思われる。
つまり、この迅堂の死は自殺として処理される可能性が高い。
――だが、バンガローはどうなる?
※
翌日、事件の影響でキャンプ場は一時閉鎖となり、俺は斎田さんの車に乗り込んで帰路についていた。
「松瀬のお嬢様には連絡してあるよ」
「ありがとうございます」
斎田さんはちらちらと心配そうに俺を見てくる。
地方局に合わせたカーラジオから警察の発表が聞こえてきて、俺は音量を上げた。
バンガローの炎上は放火殺人と断定、捜査が行われるらしい。
バンガローの中に取り残された小品田さんは遺体で発見されている。ただ、出火元はどうやら小品田さんの部屋の外壁に当たる部分だったらしく、固形燃料が撒かれた形跡があるという。
しかし、迅堂の焼死事件に関しては予想通り、自殺として発表された。
引きずった跡や首に巻かれた白い布、さらにはその後に被せられたと思しき枯葉などを考慮しても自殺として発表するのなら、警察は本格的に役に立たない。
というか、警察の内部犯行じゃないだろうな?
……だめだ、全部が敵に見えてくる。
窓を小さく開けて、車内の空気を入れ替えつつため息を吐く。
斎田さんが困った顔で俺に話しかけてきた。
「警察の発表、妙だね」
「捜査する気がないんでしょうね。台風で痕跡も流されたので言い訳もできると踏んだんでしょう」
なんで犯人を庇うのかは分からないけど、狙いは『ラビット』か、未来人本人か。
どうやって未来人と確定しているのかは謎だけど、警察関係者に『ラビット』の所有者でもいるのか。
だとしたらなぜ、殺されるまで接触しないんだ。未来人を消したいなら『シュレーディンガーのチェシャ猫』で記憶を飛ばせば済む。その方が大ごとにもなりにくい。
謎だらけだ。
車が駅の方へと曲がる。
「本当に、電車を使って一人で帰るのかい?」
「はい。斎田さんも警察の事情聴取とか、キャンプ場の後始末とか残っているでしょう?」
「まぁね」
斎田さんは心配そうな顔をするが、別に俺は電車に飛び込んだりはしない。
駅前に到着して、俺は斎田さんの車を降りた。
斎田さんが運転席から身を乗り出してくる。
「荷物は後ほど、実家に届けるよ」
「ありがとうございます。流石に大荷物なんで、電車で持って帰るのはきついですから」
「お安い御用だよ。まぁその、あまり気を落とさないようにね」
「大丈夫……ってわけでもないですけど、帰ってゆっくりしますよ」
なおも心配そうな斎田さんに手を振って、俺は駅へ歩く。
無人の改札を抜けて、ホームのベンチに腰を下ろした俺はスマホを取り出した。
スマホの画面を見つめて、考える。
「……どのタイミングに戻ればいいんだ?」
バンガローに放火される直前に戻って張り込んでしまうのが一つの手ではある。
だが、それを実行した俺は――おそらく死んでいる。
肝試しにおいても、今回の事件においても、俺か迅堂が一人になったところを狙われているのだ。迅堂は未来を知っており、警戒していたにもかかわらず殺されている。
つまり、警戒していれば先手を打てるという考えは甘い。
バンガロー放火の直前に、現場に迅堂と共に出るという手もある。
「説明のしようがないんだよな……」
これからバンガローに放火されるから放火犯を捕まえよう、なんてチェシャ猫が発動するだけだ。
台風直撃の最中であり、深夜にわざわざ外に出る理由がそもそもない。出ない理由ならあるけど。
放火そのものを、俺や迅堂がその場にいない状態で食い止める手立てが必要だ。
そんなものあるか?
ため息をついて、台風一過の空を見上げた時、ホームの端の監視カメラと目が合った。
――これでよくね?
監視カメラを人知れず仕掛けておけば、放火犯の姿は確認できる。カメラ映像を管理小屋でチェックしていれば、放火の直後に駆けつけて消火できる。
監視カメラの手配と仕掛ける理由が問題になるけど、監視カメラそのものは管理小屋の売り場部分に設置されている。流用は可能だ。
なんなら、十一日の午前に戻って買いに行くといった方法もある。
「理由はどうするかな。理由は……野生動物の観察とか?」
キツツキがいるくらいだから、リスやモモンガを観察できる可能性がある。
後は、波理否さんが話していた火の玉の正体を突き止めるというのもありだ。台風が接近した後に聞いた情報だから、先に大塚さんか小品田さんから話を聞いてからでないと動けないけど。
というか、その火の玉って本当に火の玉なのか?
タイムリープを何度も経験している俺が言うのもなんだが、非科学的すぎる気がする。
何かの見間違え……森の中を懐中電灯を持って歩いている人物とか。
突飛な発想ではあるのだが、放火魔が下見に来ていたとすればつじつまが合う気もする。
火の玉の正体を突き止めるのもありだな。手間が省ける可能性がある。
火の玉の出現は台風の前日である十日だ。見回りの名目で深夜にキャンプ場の中を歩き回るのに支障はない。
十日は斎田さんもキャンプ場に泊まっているから、俺は迅堂と一緒にバンガロー泊まり。トイレなどはキャンプ場の共用の物を使うから外出を見とがめられる可能性は低い。
「よし」
決まりだ。十日に戻り、火の玉の正体を突き止めるか目撃する。十一日にはその火の玉を理由に防犯カメラを仕掛ける。
方針を定めて、俺は『ラビット』を起動する。
十日の午後へ。
『――ロールバックを行います』




