第12話 捜索
肝試しのゴール地点では吹奏楽部顧問の美滋田さんと部長が待っていた。
並んで走ってきた俺と陸奥さんを見て怪訝な顔をする二人に、俺は開口一番に問う。
「迅堂は来てますか!?」
「まだ来てないけど……何かあったの?」
切羽詰まった俺の表情から異常を察した美滋田さんが顔を険しくする。
陸奥さんに説明を任せて、俺はスマホを取り出した。
「――斎田さん、いきなりですみません。キャンプ場に迅堂は戻ってますか?」
『迅堂さん? 戻ってないよ。バンガローの方を見てこようか?』
「お願いします。迅堂が姿を消したので探してるんです。結果はメールでお願いします」
ダメもとだったけど、やはりキャンプ場には戻ってないか。
再度、迅堂のスマホに電話をかけるが繋がらない。
危機感と焦燥感が募っていく。
「白杉君、警察に連絡するわ」
美滋田さんがそう言ってすぐ、スマホを耳に当てた。事態が大きくなるが、誘拐でも遭難でも初動が大事だ。美滋田さんの判断は正しい。
正しいはずだが――もしも誘拐だった場合、犯人を刺激しかねない。結果はおそらく、焼死だ。
それでも、現状では打てる手がほぼない。
俺もスマホを操作する。通話相手は地元消防団、大石さんに貰ったチラシに書かれていた緊急連絡先だ。
電話口に出た大石さんに事情を説明すると、すぐに捜索隊を組織してくれる運びになった。
打てる手は打った。
不安そうに見てくる陸奥さんに構わず頭を働かせる。
『ラビット』が起動していないのが気になる。まだ、致命的な事態には陥ってないと海空姉さんは判断しているのか?
それとも、海空姉さんはこの事態を知らないのか。ヒントを提示できるなら、向こうから連絡があるはずだから、問いただしても仕方がないと思うけど。
もう一つ不思議なのは迅堂の動きだ。
未来の俺から伝言を預かってきた以上、迅堂は伝言を活かせる時間まで生き延びていたはず。何故このタイミングでいなくなったんだ。
今が伝言を使うタイミング?
スマホのメモ帳に書いた伝言を見直す。
『――家を狩られた時、投げるなら西だ』
時とある以上、タイミングは家を狩られた時だろう。これが現状と結びつくワードとは思えないんだが。
家、住処、住み家――住み家?
神の住み家、神社か?
かなり無理筋な気もするが、クリップが残されていたことから迅堂は神社に到着する前に姿をくらましている。もしくは、神社に到着後、クリップを回収する前だ。
神社の西か? 投げるって何を?
「あっ……」
思わず声が漏れる。
俺の声を聞いたのか、陸奥さんが顔を上げる。
「どうかしましたか?」
「……神社に行ってきます」
美滋田さんを振り返り、行き先を告げる。
「ちょっと待ちなさい」
「一刻を争うので!」
制止を振り切り、俺は来た道を駆けだした。
迅堂が一人で出発する間際の流れを思い出す。
迅堂がストップを掛けなければ、俺が一人で順路を回ることになっていたはずだ。
本来、行方不明になるのは迅堂ではなく、俺だったのではないか?
迅堂曰く、俺は行方不明になった後に身元不明の焼死体として見つかる未来があるという。
今の状況と一部符合する以上、この先の迅堂に待っているのは焼死だろう。
後ろから足音が二つ、追いかけてくる。
肩越しに振り返ると、陸奥さんと部長が追いかけて来ていた。
構わず神社へ向かう。
焼死と一口に言っても、人を焼き殺す火力というのはなかなか出せないものだ。まして、身元不明になるほどの火力など燃料がなくては難しい。
そして、この山で燃料が保管されている場所に心当たりがある。
十日後の祭りに備えて準備される燃料だ。会場である神社に保管されている可能性は高い。
一度も足を止めることなく神社に到着し、階段を上り切る。
境内を見回し、社務所に目を止める。
「白杉君、脚、速い……」
あとから階段を上ってきた二人が息も絶え絶えに口にする抗議を聞き流し、社務所の扉に手をかける。
「カギはかかってるか……」
当てが外れたか?
社務所の裏へと走ると、倉庫があった。
倉庫の扉は開け放たれている。閂が横に転がされていた。
俺の後をついてきた部長が困惑して陸奥さんと顔を見合わせる。
「どういうこと?」
二人の疑問に答えている暇はない。俺はすぐに消防団へ連絡する。
電話口に出たのは大石さんだった。
『白杉君か!? 勝手な行動をするな!』
「神社にいます。大石さんに質問したい。社務所の裏の倉庫の閂が外され、扉が開け放たれているんですが、倉庫の中には何が保管されていましたか?」
『は? あの倉庫なら縄とか、祭りで使う発電機と屋台で使う燃料だな。そんなことより――』
「ありませんよ、縄と燃料タンク」
『……すぐに人を向かわせる。そこから動くな。倉庫の中に入るのも禁止だ。後、周りに注意しろ』
言われなくても注意はする。この状況は明らかに人の手によるものだ。
スマホを切り、周囲を見回す。
迅堂が拉致されたのなら、周辺に痕跡があるはずだ。
境内は広く、見通しもいい。建物の裏手をぐるりと確認して回りつつ、鎮守の森へも目を凝らす。
「白杉君、ここの雑草が倒れてる」
陸奥さんが懐中電灯で照らしだしたのは、森の奥へと続く獣道だった。
俺が獣道へ足を進めようとした瞬間、境内に人がぞろぞろと入ってきた。
大石さんと地元警官だ。
俺は懐中電灯を振って大石さんたちを呼ぶ。
俺たちを見つけた大石さんが急いで走ってくる。
「白杉君、勝手なことを――」
「人を拉致って縄と燃料でどうするかを考えたら、うかうかしていられませんよね? この獣道、怪しいです。そこの松の幹を見てください」
懐中電灯で幹を照らし出す。樹皮の一部が剥げていた。重量のある硬いものがぶつかったのだろう。
「燃料タンクをぶつけた跡か? ということは、この先に犯人がいる? 警察本隊の到着を待った方が――」
「アホか。女の子が一人連れ去られてるんだ。待ってられるか」
消極策を唱えようとした警官を叱咤し、大石さんはすぐに藪を掻き分けて森に入っていく。獣道は犯人の痕跡があるため、荒らさないように別ルートを作っているのだ。
この状況で冷静な判断だった。
獣道へ踏み出そうとしていた俺は深呼吸をして冷静になるよう自分に言い聞かせる。
ラビットが起動していないのだから、きっとまだ間に合うはずだと信じて大石さんの後に続く。
森に入って藪を掻き分けること数分、陸奥さんと部長が怯えたように足を止め、鼻を押さえた。
俺もすこし前から気付いている異臭の正体に気付いたのだろう。
先頭の大石さんが振り返る。
「高校生組はここで待機していなさい」
「いいえ、一緒に行きます。配慮はありがたいですが、ここで別行動する方が危ない」
まだ犯人が近くに潜んでいる可能性を示唆すると、大石さんは苦い顔をして前を向き、歩き始めた。
異臭が強くなっていく。焦げ臭さ。
視界が開ける。木が倒れて出来上がったらしい開けた空間。倒れた木はわずかに煙を上げている。黒く炭化した枯葉が夜風に煽られて黒蝶のようにふわりと舞った。
「ひっ――」
口を押えて尻もちをつく陸奥さんを部長が抱きしめる。二人の視界を塞ぐように大石さんが立ち位置を変えた。
俺は木にもたれかかる。
広場の中央に炭化した遺体が転がっていた。
後ろ手に縄で縛られていたらしく、燃え残った縄が落ちている。顔に枯葉を被せられ、服に灯油をかけられたうえで火をつけられたらしく、抵抗の痕跡が地面に残されている。
「応援を呼びます」
「早く頼む。それから、周辺の封鎖もだ」
大石さんと警官の声を遠くに聞きながら、俺は木の幹に額を預けた。
「……ちくしょう」




