第16話 異なる未来
月曜日を迎え、俺は松瀬本家から登校した。
通学路にトラックが待ち構えていることもなく、何事も起きずに学校に到着した俺は校門から道路を振り返る。
結局、昨日のトラックは何が目的だったのか分からないな。
恨まれるようなことはしてないつもりなんだけど。
そんな考えは教室に入るなり向けられた視線で覆った。
あ、俺は二股男扱いされてましたわ。
「よっ白杉!」
「番匠、おはよう」
テニス部にして先週の金曜日、俺と笹篠のペアに下された番匠君である。
番匠からも恨みかってそうだ。トラックで俺を轢き殺そうと思うほどとは考えにくいけど。
「クラス代表なんだし、テニスの練習するだろ? 放課後にうちの部に来いよ」
「いや、親戚がやっているテニスクラブで練習しているから大丈夫。迷惑はかけないよ」
「ちっ、ガードが堅い帰宅部だな」
「やっぱりなし崩し的にテニス部に引っ張り込む気だったな?」
「夏の大会で部費の増額がかかっててさ。部としていい成績を出そうってみんな眼の色を変えてるんだよ。手当の増額があるとかで顧問も張り切ってる」
「がんばれー」
俺には関係ないし。
席に着くと、先に登校していた笹篠が隣からじっと見つめてくる。
「幽霊じゃないから安心しなよ。足もついてる」
「流石にもう落ち着いてるわよ」
むっとした顔でそっぽを向く笹篠に、俺は椅子を少し寄せて周りに聞かれないよう小声で話しかける。
「球技大会が終わったら打ち上げをしよう。親戚のやっている旅館に行く用事ができてさ。隣町なんだけど、どう?」
「えっ……と、泊まり? ここここころの準備が――」
「落ち着きなよ。流石に泊まりじゃないって。料理を食べてお仕舞い」
「そ、そうよね!」
「ごめんね、変な切り出し方して」
俺も誤解を招く言い方だったと思うので謝罪しておく。
「ほ、本当よ。心臓がばくばくしたわよ」
「ごめんって。で、どうする? まだ予約も取ってないけど」
経営破綻しそうなくらいだから、前日でも予約が間に合うけどね。
ちなみに、先方に資料を隠す隙を与えないように予約のタイミングは未来人である海空姉さんに一任してある。
「行く以外の選択肢はないわ。いろいろ覚悟も決めてやるわよ」
「そうと決まれば、球技大会、負けられないな」
元々負けるつもりなんてないけど。
「今日も放課後、テニスクラブで練習だけど、大丈夫?」
「ねぇ、白杉、本来はあんたが昨日の事故で死ぬ運命よ? なんで私が心配されてるのよ」
「そりゃあ、ねぇ?」
俺が観測する限りの未来では君が死んでいたからだよ、とは言えない。
しかし、言葉を濁したことで昨日泣きじゃくったことを思い出したのか、笹篠は顔を赤くして睨んできた。
「もうその話題を持ち出すの禁止だからね!?」
「はいはい」
対笹篠特攻兵器を手に入れた!
使う機会はあまりないと思うけど。
笹篠は机に頬杖を突く。
「白杉、旅館の件はクラスのみんなにはもちろん、迅堂さんにも内緒にしなさい」
「あぁ、言われてみれば迅堂にも内緒にしておいた方がいいね」
絶対に乗り込んでくる。練習に付き合ったじゃないですかーとか言って。
海空姉さんと迅堂にも何かお礼をしないといけないな。喫茶店で何か奢ろうか。
「旅館かぁ。未来でも営業は続けてたわね」
笹篠が何でもないことのように未来情報を口にする。
「へぇ、そうなんだ」
ということは、竹池のおじさんは再建計画をちゃんと可決まで持っていったんだな。それとも、何か周囲の状況が変わったのか。
てこ入れすれば経営再建できるかもっていう情報は割と貴重な気がする。
「どんな様子だった、とか分かる? 近所の評判とか」
「そこまでは分からないわよ。あの時は白杉が死んじゃって、ぼんやり散歩するのが日課になってたから」
そうか。笹篠の未来情報ってことは俺が死んだ未来の情報になるのか。
※
体育の授業でもテニスの練習である。
俺と笹篠、番匠と大野の四人以外は男子はサッカー、女子はバレーボールの練習をしているのだが、テニス代表の俺と笹篠は特別メニューとなっていた。
テニス部の番匠と大野は試合単位での体力の使い方が海空姉さんや迅堂よりも圧倒的にうまいから参考になる。こういったゲームメイクは経験者じゃないと分からない。
「白杉、テニス部の顧問が廊下からこっちを見てるわよ」
「うん、気付いてる」
めっちゃロックオンされてる。
外堀を埋められないように気を付けよう。
そんなこんなで放課後、クラスに訪ねてきたテニス部顧問と番匠、大野の魔の手を巧みにかわし、俺と笹篠は教室を脱出した。
その脱兎の如き逃げ足から、俺と笹篠のコンビネーションをクラス一同が認めるところとなり、付き合ってるという噂が信憑性を増しかけたのだが、クラスに迎えに来た迅堂の存在が状況をややこしくしたとかしないとか。
そんな日常を送りつつ、学校、テニスクラブ、喫茶店バイト、自宅の四か所をぐるぐる回る生活を続けて迎えた木曜日。
俺は迅堂とテニスクラブを出て、笹篠、海空姉さんと別れると喫茶店へ歩き出した。
「先輩、バスが事故で遅れてるみたいですよ」
「このペースで歩けば、バイトの時間には間に合うだろ」
「いいんですかぁ? 可愛い後輩と歩いている姿を見たクラスの人たちに噂されちゃうんじゃないですか? 言っときますけど、否定しませんよ?」
「そこは否定しろよ」
何キリッとした顔で言ってるんだよ。
「迅堂がクラスに顔を出したせいで、俺はまた二股男のレッテルを張られて大変だったんだぞ」
「否定しませんでしたからね!」
「お願いだから、否定しよう? ノーと言える日本人になろう?」
街路に植わった葉桜の下をそよ風に流されるように歩く。
下校中の中高生とすれ違う。知り合いの顔はないけれど、制服姿を見るたびにちょっと焦る。
迅堂がいきなり俺の脇腹をつついてきた。
「なんだよ?」
「一緒に歩いているところを知り合いに見られないかと心配になっている先輩にむかっ腹が立っています」
「……なんで?」
考えても分からなかったので素直に聞いてみると、迅堂は呆れたような顔で首を振った。
「先輩はそう言うところがニブニブなんですよ」
「そんなに鈍いかな?」
「鈍いですね。ゼリー状の待ち針くらいの鈍さです」
分からないけど鋭くはないな。
「一緒に歩いているところを見られたくないって、失礼ですよ? 誤解されたくないだけで、一緒にいること自体は気にしてないと知ってるからこの程度で済ませてますけど」
「あぁ、なるほど」
指摘されると、失礼さを自覚する。
「まぁ、関係を決して否定しないこの迅堂春が原因でもありますけどね!」
「分かっているなら否定しようぜ」
「しませんよ。火のないところに発煙筒、明鏡止水に大岩をぶち込み、あの手この手で騒ぎ立て、先輩を私のモノにしてみせます」
「サークルクラッシャーか、お前は!」
しかも成功するまで繰り返せる未来人だからなおのこと質が悪いぞ、この子!
迅堂はカバンを担ぎなおして続ける。
「大体ですね。先輩は私に隠れてこそこそと、笹篠先輩とのデート計画を立てていますよね。見過ごせませんよ。ここは何か手を打っておかなくてはリードされてしまいますので」
「デートの計画?」
「しらばっくれますか。ネタは上がってんですよ。笹篠先輩と旅館に二人きりで行くという不純異性交遊をする計画があると宮納さんに聞きました!」
「不純異性交遊はしないな。ただの打ち上げだよ」
宮納さん経由か。親族ならそりゃバレるよね。旅館経営の竹池のおじさんと宮納さんは付き合いがあるからなおさらだ。
迅堂は鼻息荒く続ける。
「二人っきりで旅館でグヘヘとかダメですよ!」
「グヘヘが何のことかは分からないけど、球技大会の打ち上げで食事をして終わりだから」
「打ち上げというのなら――」
「迅堂と海空姉さんには他で埋め合わせをしようかなと思ってるんだけど」
喫茶店とかさ。
迅堂は先ほどまでの勢いが嘘のように口を閉ざして考え込み、しばらくして顔を上げた。
「……条件次第では見過ごしてあげましょう。この迅堂春の目が黒い内は不純異性交遊を見逃しませんが、条件次第では白目になってあげます」
「不純なことは何もないから白目になる必要はないよ。で、条件ってなに?」
「ラスボスな松瀬さんとは個別でお願いします。映画を見て、お食事してって感じの一日デートを所望します」
「デートと言う名目でなければ付き合うよ」
「きっちり予防線引きますよね! でも、デートじゃなくてもいいです。とにかく今は抜け駆けされた分を追いついていかないといけないので!」
俺なんかの何がいいのか分からない。
迅堂はひとまず納得したのか、落ち着きを取り戻して道の先を見る。
「というか、あの旅館ってまだちゃんとあるんですね。未来だと休業してるんですけど」
「休業してる?」
「はい。詳しい事情は知らないですけど、未来の白杉先輩は本家の会合で決まったと言ってましたよ」
笹篠が言っていた未来と矛盾している。
迅堂が経験したのは俺が生存している未来だ。ということは、俺の生死が旅館の経営と結びついていることになる。
風が吹けば桶屋が儲かるとは言うけれど、俺の生死と旅館の経営の関係が見えないな。
本家の会合とはつまり、親族会議だろう。俺には発言権なんてないし、居ても居なくても結果は変わらないはず。
よくわからないな。




