第4話 出店会議
文化祭の準備に追われながら月日があっという間に進んでいく。
そろそろクラスの出し物を相談しようかという十月一日、俺は再び商工会議所を訪れていた。
隣には迅堂がノートパソコンを広げており、俺は学校で取ったアンケートのまとめなどの資料を持っている。
今日の進行役を務める伊勢松先輩が集まった商店街の面々を見回した。
「それでは、相談会というか、会議を始めたいと思います。具体的には、商店街の皆さんの出店についてです。わたくし共としましては、商店街の皆さんの出店を優先しつつ、コラボが可能なら高校の各クラスから打診する形を取りたいと思っています。その打診の窓口、仲介役はここの二人、白杉君と迅堂さんが引き受けてくれています」
迅堂と一緒に軽く頭を下げる。まばらに拍手が上がった。
「なんか照れますねぇ」
迅堂がはにかむと商店街の皆さんがほんわかした空気を纏いだす。笹篠とは方向性の違うムードメーカーだな。
そのとき、おずおずと片手を上げて発言の許可を求めた人物がいた。
伊勢松先輩が気付いて、声をかける。
「永吉さん、どうぞ」
名前を呼ばれた永吉さんは困り顔で口を開く。
「あの、うちはコスプレ喫茶なので、高校の文化祭はその、公開処刑になっちゃうので……高校側のコラボ案を見て決めたいなぁと……すみません」
あ、はい。
それは確かに辛いわなぁ。
永吉さんを含めて、平均二十代半ばの商店街の中では若いスタッフを抱える喫茶店とはいえ、高校の文化祭は処刑台だろう。
迅堂が俺に耳打ちしてくる。
「永吉さんのお店、いま高校生コスプレ期間中ですよ」
なんで知ってるの? その情報を得た俺はどうすればいいの?
伊勢松先輩が俺を見る。視線に頷いて、俺は発言した。
「高校側でコラボ案を募集してみます。コスプレまでいかなくても、おそろいの法被を作ったりするクラスも多いのでデザイン案の協力などでもお力を貸していただければ嬉しいです」
「あ、そういうことなら、はい」
バイトから抗議でもされていたのか、永吉さんはほっとしたように肩から力を抜いて、お茶を飲み始めた。
塚田さんが挙手する。
「商店街は基本的に飲食系が多いけど、高校生としても飲食系の出し物は人気でしょう? 積極的にコラボしないと意見がぶつかると思うのだけど、調整できるの?」
「事前にアンケートを取ってあります。白杉君、頼むよ」
伊勢松先輩に言われて、アンケート結果の資料を渡す。
副会長である梁玉先輩がまとめた資料は実に正確で見やすい。本人が人見知りでなければこの場に出席していただろう。
なんであの人、副会長になったんだろう。
迅堂が耳打ちしてくる。
「中学時代にも伊勢松先輩と生徒会役員だったそうです。その時に一度告白して振られたものの諦めきれずにいるって明日相談されました」
「さらっと未来から戻ってきたな」
明日相談されましたってどんな過去形だよ。
「この迅堂春、文化祭で満点を得るために時間を惜しみませんよ」
未来人が時間を惜しまないと実質無限の時間があるんだよなぁ。
アンケート結果を受け取った伊勢松先輩が説明する。
「アンケートによると、飲食系はもともと数が限られていたこともあって肝試しなどのアトラクション系や簡単な手作り教室などを希望するクラスが多いです。まだ各クラスでの話し合いはされていませんが調整はさほど難しくないと思います」
「なるほどね。それなら安心。高校生の子たちがやりたいことをやれないんじゃ文化祭の意味がないって心配してたのよ」
「ありがとうございます」
塚田さんはそのあたりをよく気にする人だからな。周りに合わせるというか、よく気が利くというか。
「それでは、商店街の皆さんから出店について案はありますか?」
伊勢松先輩が水を向けると、すでに考えてあったらしい案がいくつか出てくる。
高校生の技術では作れないか赤字必至のものでも商店街の面々なら手配もできる。それでいて、高校生側とのコラボが可能なように幅を持たせているのが分かった。
これは、事前に商店街の中で意見調整をしてあったっぽいな。
八百屋や精肉店があるのも強みだ。飲食系はかなり充実のラインナップである。
割を食いそうな写真屋、古本屋、酒屋はコスプレ喫茶店同様に高校生とのコラボ企画を考えているらしい。酒屋は甘酒の販売を考え中とのこと。
甘酒とはいえアルコール分はあるので、とりあえず学校側との意見調整が必要だ。学校は神経質なくらいに危機管理をするのがお仕事である。
「発言、いいかな?」
そう切り出したのは和菓子屋の織戸さんだった。視線は伊勢松先輩ではなく俺の方に向いている。
なんだろうと思いつつ、俺は伊勢松先輩に目配せしてから頷いた。
「どうぞ」
「あまり、高校生の子はうちの店にお客としてこないからどんな和菓子がいいのか分からないんだ。そこで、コラボ企画として高校生の子たちからデザイン案を募集して練りきりを作りたいと思う。そのアンケートを実施してもらうことは可能だろうか?」
「可能です。項目をまとめていただければ、プリントもこちらで作りますよ」
学校側から予算も下りているから、手間を惜しまなければ大体の意見は通せる。手間に関しても、高校なんて人手が有り余っているので惜しむこともない。
「商工会に一枚噛んでもらっているのも、今回の文化祭を利用して高校生の消費動向の調査もできるからです。アンケートはいくらでも可能ですよ。商工会の方にも結果をお渡しすることになりますけど」
というか、ここぞとばかりに商工会の人たちがアンケートを取りたがっている。まとまった数の高校生を相手にアンケートができる機会があまりないからだ。
織戸さんがポーチから一枚の紙を取り出した。アンケート用紙の素案を作ってあるらしい。
「これでお願いしたい。試作もしたいから、来週までには結果が欲しい」
「分かりました。早めにアンケートを実施してご連絡します。結果は直接届けてもいいですか?」
「店に来てくれれば大丈夫だ」
織戸さんから素案を預かり、ファイルに入れておく。
席に戻っていく織戸さんを眺めていると、迅堂に袖を引かれた。
「本格的に忙しくなってきますよ」
予言みたいなのに実感がこもってるなぁ。




