エピローグ
人生二度目の高校二年始業式の朝が来た。
なお、浪人したわけではない。
前回と同じように呼び出されて、俺は松瀬本家に足を運んだ。
玄関にいた伯母さんに挨拶して、俺は海空姉さんの部屋へと向かう。
部屋の前に仁王立ちしていた海空姉さんは俺を見つけると自らドアを開けて俺を手招いた。
「おはよう、巴。さぁ、中に入りたまえ。高校二年への進級祝いをあげよう」
「ありがとう。文房具と図書券で勉学に励ませる気かな?」
「実はそれも考えたけれどね」
ということは、クリスマスまでお預けか。
相変わらず寒い海空姉さんの部屋に入り、自作サーバーがきちんとラックに収まっているのを見つけて内心でほっとする。
「巴、スマホを貸してくれ」
「はい、これ。変ないたずらしないでよ?」
「変ないたずらなんて今まで一度もしたことはないよ。ボクはいつだって真摯に真剣にいたずらを楽しんでいるんだ。求道者といってもいいほどだよ」
なんて迷惑な道だ。
海空姉さんはスマホをパソコンに繋いで何か操作すると、すぐに俺にスマホを返した。
受け取ったスマホの画面にはバニーガール姿の見慣れたキャラクター。
『会話BOTアプリ、ラビットです! よろしくお願いしますね。今日はどんなお話でしょう? 調べものですか?』
「円周率を判明している最後の数字まで読み上げて」
『何十兆桁あると思ってんですか!?』
三十兆を越えたってニュースを見た覚えがあるかな。
『ご主人、会話したくないからって円周率を言わせるとか何を考えてやがりますの? おしとやかなラビットちゃんでもブチ切れてしまいますことよ?』
なんだよ、その口調。
海空姉さんに目を向けると口を押えて笑いをこらえていた。
「受け取って早々に漫才を展開するとはね。我が幼馴染ながら頼りになる。その調子でテスターを頼むよ」
「他にテスターはいるの?」
「今朝、適当なメールアドレス二つにダイレクトで送ったよ。その二人が受け取ってくれるなら、巴とボク以外に二人のテスターがいるね」
「へぇ」
俺は海空姉さんと笑いあう。
「分かった。適当に相手をしておくよ」
「頼んだよ」
冬に何が起きたのか聞きたくてしょうがないだろうに、海空姉さんは何も聞けない。
きっと、ネタバレは一風変わったクリスマスプレゼントになるだろう。
『旦那、そろそろ登校時間ですぜ!』
「はいはい」
スマホをポケットに入れて、俺は海空姉さんの部屋を出て、高校に向かう。
前回よりは多少の時間の余裕がある。
通いなれた新教室という矛盾溢れる二年の教室へ入ると、いまはまだ親しくないはずの笹篠明華が席に座って文庫本を読んでいた。
笹篠の横の席に着いて、俺はカバンを机の横にかける。
チャイムが鳴り響くと同時に笹篠が文庫本を置いて、こちらを見た。
「白杉君、ちょっといいかしら?」
「何か用?」
顔を向けると、笹篠は笑みを浮かべた。
「白杉、あなたと付き合うために未来から来たわ」
知ってる、とは言わない。
というか、以前とは台詞がちょっと違ってる。
ひとまず、俺は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「やっぱりだめか……。まぁ、いいわ。これから何度でも告白して、絶対に落としてあげる」
「お手柔らかに。友達から始めようか」
「そうね。早速親睦を深めましょう。今日の午後、一緒に水族館に行かない? 映画館でもいいわ」
「めっちゃがっつくじゃん」
迅堂と俺を引き合わせたくないから拘束しておこうって思惑だろうけど。
その時、ポケットの中のスマホが振動する。
「タイムアップかぁ」
うなだれる笹篠に内心苦笑しつつ、俺はスマホを取り出して通話に出た。
「もしもし、海空姉さん? どうかしたの?」
『巴、新学期早々に悪いのだけど、宮納の喫茶店が人手不足とのことでね。放課後に足を運んで欲しいんだ。最初はいろいろと大変だろうから、うちの者を二人、迎えに送るよ』
「いきなりだね。でも、接客業は不慣れだから、お手伝いさんがいるのは心強いよ。ありがとう」
『では、よろしく頼んだよ。何か問題でも起きたら、連絡してほしい』
通話が切れて、俺はスマホをポケットに戻す。
不満そうな笹篠と目があった。
「放課後は親族の手伝いが入ったよ」
「そう。悔しいけれど、仕方がないわね。明日、巴の分のお弁当を作ってくるわ」
「ありがとう」
ものすごく俺好みの味のお弁当を持ってくるんだろうな。
前回の世界線よりもさらに押しが強いのは気のせいか。
※
放課後、俺に告白した笹篠がクラスメイトに囲まれるのを横目に見ながら、俺は教室を出た。
校舎裏門に見慣れた乗用車が停まっている。
俺が裏門から出てくるのを見つけたらしいお手伝いさんが助手席から出て後部ドアを開けてくれた。
「お待ちしておりました、巴様」
「ありがとう。早速行こうか」
「はい」
車に乗り込み、お手伝いさんが助手席に戻る。運転席にいたお手伝いさんがシートベルトを確認し、滑らかに車を発進させた。
「巴様、喫茶店のバイトになぜ二人も必要なのでしょうか?」
助手席にいたお手伝いさんが不思議そうに俺に尋ねてくる。
「お嬢様からの御指示なのですが、後は巴様の指示を聞くようにと申しつけられておりまして」
「何事もなければいいんですけどね。とりあえず、喫茶店に入ったらマスターの宮納さんに抵抗されないよう注意してください。俺は食品や納入記録を見たいので」
「……かしこまりました」
詳細は分からずとも大事だと気付いたらしく、お手伝いさん二人が気を引き締める。
ほどなくして、喫茶店の前で車が停まる。
俺とお手伝いさんが降車すると、喫茶店の扉が開いて怪訝な顔をした宮納さんが出てきた。
「本家の? それに、白杉の……巴君かな? あ、バイトの件か」
「はい、本家からの連絡でバイトにきました。俺たちが来るって聞いてません?」
「誰が来るかは聞いてないね。来るとしても一人だと思ったんだけど、ごめん、流石に三人も人手はいらないな」
「まぁ、せっかく来たんですからコーヒーとか出してくださいよ」
困ったように笑う宮納さんの横を抜けて、俺は喫茶店に入る。
――侵入成功。
何度もバイトしてこの店の構造は良く知っている。
俺は足早に喫茶店の奥のバックヤードに向かいつつ、宮納さんと共に後から入ってきたお手伝いさん二人に合図を送る。
「拘束して」
「――えっ?」
お手伝いさん二人に左右から組み伏せられた宮納さんが目を白黒させる。
「ちょっ、えっ!?」
完全な不意打ち。この世界線の宮納さんは『ラビット』を所持していないため、未来人がいるだなんて欠片も想像していない。
俺はバックヤードから食材の納入記録などを引っ張り出して、店内に戻る。
「わー大変だーとんでもないものを見つけてしまったぞー」
俺が持っている資料を見た宮納さんが顔を青くした。
「巴君、何を!?」
「マネーロンダリングかな? この食品卸売会社ってペーパー企業だよね」
資料を精査する時間もなかったはずなのにマネーロンダリングやペーパー企業を言い当てた俺に、宮納さんは信じられないものを見たように唖然とする。
お手伝いさん二人も急展開に目を丸くしていた。
「そのまま押さえておいて。俺は本家に連絡するから」
即座に本家の海空姉さんに電話連絡。
「もしもし、宮納さんの喫茶店でマネロンの痕跡を発見した。宮納さんは拘束済み。他にも手が及んでいるかもしれないから、宮納さんと交流がある親族の経営する店を重点的に当たってくれる?」
『了解。そこの二人はそのまま巴につけておこう。喫茶店の現状維持を頼むよ』
「分かった。任せて」
これで旅館の方も対処できる。
梱包用のビニールひもを見つけてきて宮納さんを縛っていると、喫茶店の扉が開いてカランコロンと備え付けのベルが鳴った。
「人手は足りていますか? 恋の季節なこの春に白杉先輩に未来から迅堂春をお届けに――ってなんかすごいことになってますけど!?」
お手伝いさん二人に押さえられている喫茶店の店主と、それを縛り上げようとしている高校生男子の俺という現場に、来客である迅堂春が飛び跳ねる。
困った顔をするお手伝いさん二人を振りほどこうともがきながら、宮納さんが迅堂に声をかけた。
「た、助けてくれ!」
まぁ、迅堂のことを知らないから普通に空気を読めない客だと思うよね。
俺は迅堂の方を見て、声をかける。
「悪いけど、近所からのタレコミで監査に入ったら証拠が出てきてね。今日をもって閉店なんだ。うちの親戚がやっている店で人手が足りないところが出るかもしれないから、バイトする気があるなら明日、二年の教室に来て」
「了解です。お弁当を持っていくのでお腹を空かせておいてください!」
「えぇ!?」
完全に放置された宮納さんが驚きの声を上げる。
というか俺、明日は弁当二つも食べるの?
今日は忙しいからカロリー使うし、まぁよし。
※
藪から棒のマネロン騒ぎで慌ただしくなる親族たちを海空姉さんと共にとりまとめ、各事業の調査を指示して緊急の親族会議が終わった。
すぐに本家を出て調査に入る竹池のおじさんたちを見送って、俺は海空姉さんに腕を掴まれる。
「ようやく一息ついたけれど、巴はちょっと顔を貸してもらおうか」
「今日はいっぱい手を貸したと思うけど?」
「巴は全部ボクのものだ。つべこべ言わずにおいで」
海空姉さんの部屋に引っ張り込まれた俺は、定位置のクッションに座る。
海空姉さんはパソコンの前の椅子に座り込むと、深いため息をついてから、俺を見た。
「巴、ボクは君を救いに未来から……来るつもりだったよ。なんだかよく分からない内にこうなったけど、何か話せることはあるかい?」
「年末まで待って。忘年会の時に忘れず言うからさ」
「ずいぶんと待たせるじゃないか。まぁ、いいさ。命の危機は無くなったようだから。とはいえ、騒がしい一年になりそうだ。ふむ、ではこうしようか。――巴、ボクは君を落としに未来から来たよ」
海空姉さんまで俺に告白するの?
苦笑しつつ、頭を下げる。
「ごめんなさい」
「そっちも待たせるのかい? まったく、忘年会までにボクと付き合ってもらうからね。そうだ、手料理でも振舞おう。明日のお弁当はボクが作ってあげるよ」
三つ目なんですけど。
俺、この一年にどれほど体重が増えるんだろ。
あ、そうだ。球技大会があるな。運動できる。
「本家に泊まるって、父さんに連絡してくる」
「あぁ、さっき言いそびれていたね」
言わなくても分かってそうではあったけど、一応言っておかないと。特にソノさんに餌をあげすぎないよう釘を刺しておかないといけない。
俺は海空姉さんの部屋を出て、スマホを取り出す。
窓から見える広い庭で、遅咲きの梅の木が月光に照らされて白い花弁を散らしている。
色々あったけど……。三股野郎なリア充の俺、生き残ったな。
ここから先は、ただの平和なラブコメだ。
「平和だといいなぁ」
あの三人がチェシャ猫をちゃんと警戒してくれるといいんだけど、ヒートアップしすぎて口を滑らせないか心配だ。
どんな形であれ、誰も未来から戻ってこないような、全員が納得する未来を目指すとしようか。
それが俺たちの――未来人のハッピーエンドだ。




