第97話 奇妙な縁(1)
「あなたの家に?」
シェルディアが影人の顔を見つめてくる。完全に日が沈み、闇が支配する夜が訪れた中、2人しかいない小さな公園に少しきつめの風が吹いた。
風が影人の髪を揺らす。その風は、まるでこの選択が大きな運命の岐路であるかのような事を、教えているかのようであった。
「ああ、もちろん下心はないぞ。家には母と妹もいるし、嬢ちゃんをどうこうしようなんて思ってない。つーか、たぶん俺は嬢ちゃんより弱いからな」
多分というか絶対に自分の方が弱い。情けない事だが、シェルディアが不審者を傘で殴り飛ばした現場を直接見た影人はシェルディアに勝てる自信が全くなかった。
「そこについては心配していないわ。これでも人を見る目はあるつもりよ。私が言いたいのは、本当にあなたの家に泊まってもいいのかということよ。あなたも言った通り、私とあなたは今日出会っただけの他人。そんなあなたが、私に優しくしてくれる理由はなに?」
シェルディアが「なぜ?」という表情を影人に向ける。最初こそ、あの男と同じような人間かとも疑ったが、話していて違うとわかった。この少年は陽華や明夜と同じような、気の良い人間だ。あの2人ほどわかりやすくはないが。
「理由か・・・・・・・そりゃ、自分より年下の子供が野宿するっていうんだから、俺に出来ることをしただけだ。さすがに嬢ちゃんをこのまま放っておくのはな・・・・・・・」
影人は人間的に至らぬ部分も多いが、異国の地で野宿をしようとする少女をそのままにしておくほど、クズではない。そう自分では考えている。
「・・・・・・・・・・・そう、優しいのね」
それが、それだけが理由だとわかったシェルディアはポツリと言葉を漏らした。
「俺がか? ・・・・・・・・・そいつはお門違いだと思うが、俺にも最低限の倫理観や道徳観はあるからな」
正面から言われたその言葉を恥ずかしがるように、顔を逸らす。シェルディアの言葉が嘘からではなく、本心からだとわかったから尚更むずがゆい。
「で、どうする?」
影人はシェルディアに結論を求めた。家に泊まるなら、それはそれでいい。嫌ならば、それは仕方が無いと諦めるしかないだろう。あくまで自分は選択を与えただけだ。
「そうね、あなたの提案は本当に嬉しいわ。確かにあなたの言うとおり、せっかくの観光で野宿というのも味気ないし、その提案ありがたく受けさせてもらうわ」
シェルディアは笑みを浮かべて、正面に立っている影人に手を差し出した。
どうやら掴めということらしい。
「はっ・・・・・・・・では、お手を拝借しますよお嬢様?」
シェルディアの意図を理解した影人は、芝居がかった口調で闇に映える少女の白い手を取った。




