第75話 神々の裁定(1)
「ぐっ・・・・・・・!」
この世界のどこか。暗闇に包まれた場所に戻ったレイゼロールは、石の玉座に座ると、腹部に突き刺さっている闇の剣を引き抜いた。
剣を引き抜くと、赤い血が止めどなく溢れてくる。引き抜いたときの激痛に顔をしかめながらも、レイゼロールは負傷部位に闇の力を注いでいく。
傷を癒やす力となった闇は急激に腹部の傷と、右袈裟に切り裂かれた傷を修復していく。
そして遂にはレイゼロールの傷は全て完治した。
「・・・・・・・やってくれたな、スプリガン」
服についた自分の血を闇の力で払拭し、レイゼロールは恨みの言葉を口にした。
消耗が激しい闇による修復を使ったことで、レイゼロールの体力も限界だった。ゆえに、スプリガンが結界を完全に破壊した時点で、レイゼロールは撤退することを決めた。あの場で傷を治しても、自分は継続して戦えなかっただろうというのがその理由だ。
(しかし・・・・・・奴のあの強さは何だ?)
特に終盤のスプリガンの強さはレイゼロールの目から見ても、異常といえるものだった。
闇の力を様々な力に変化させるのは、非常に難解だ。事実、スプリガンも最初は闇の力を創造能力にしか使っていなかった。だが、終盤は自分と遜色ないレベルで闇の力を扱えていた。
「・・・・・・・奴に何か起きたのか?」
レイゼロールがそう呟くと、暗闇の中から声が響いてきた。
「おやおや、さっきから見てたけど、無様なもんねぇ? レイゼロール」
レイゼロールの前に姿を現したのは、豪奢なゴシック服を纏った少女だった。
年の頃は見たところ、14~15歳あたりだろうか。
ブロンドの美しい髪を緩くツインテールに結いながら、その少女は作り物のように美しい面をにぃと歪めて、レイゼロールを嗤った。
「・・・・・・・・・・何の用だ、シェルディア」
「別に。ただここら辺にいたら、あんたの腹に剣が刺さってたから、面白そうだと思って見てただけよ」
レイゼロールが仏頂面でその少女の名を呼ぶと、少女は変わらずニタニタとした表情でそう言った。
「しっかし、あんたがあんな傷を負うだなんて珍しいわね。いくらあんたが私より雑魚になったからって、あんたまあまあ強いのに。暇だから何があったか教えなさいよ」
少女の傲岸不遜な物言いに、レイゼロールはほんの少しだけ苛立ったような声を上げた。
「・・・・その口を閉じろ、シェルディア。ここで消えたいのか?」
殺気を隠すこともなく、レイゼロールはシェルディアを睨み付ける。
普段なら、この程度の言葉に苛立ったりはしない。しかし、今日は別だった。
力を使って罠を張り、自分は目的の人物を誘い出すことには成功したが、スプリガンを殺すという目的は達成できなかった。あまつさえ、自分は傷を負わせられ撤退することを余儀なくされた。
そのため、レイゼロールは珍しく苛立っていた。そこにシェルディアのこの言葉だ。レイゼロールの氷のような瞳に、様々な感情が浮かび上がる。
「あら珍しい。そんな感情的なあんた久しぶりに見たわ。それと、今のあなたが果たして私を消せるのかしら? できるものなら、さっさとやってちょうだいよ」
シェルディアはレイゼロールの殺気などお構いなしに、クスクスと笑うと、レイゼロールの瞳を見つめ返した。
「・・・・・・ちっ、それが出来たら苦労はしない」
そのやり取りが無駄なことに気がついたのか、レイゼロールは忌々しげに舌打ちをして、シェルディアの瞳から目を逸らした。
「素直でよろしいわ。で、早く教えなさいよレイゼロール。なんだか面白そうな気がするわ」
「・・・・・・・・・」
レイゼロールはシェルディアに本当の事を言うべきか思考した。
本当の事を言えば、この無限の好奇を求める者はどのような行動を起こすかわからない。シェルディアの行動はレイゼロールでも止められないし、咎める事も出来ない。シェルディアは色々な意味で特別なのだ。
(だが、嘘をついたところで、シェルディアは納得しないだろう・・・・・)
レイゼロールはシェルディアとは長い付き合いだ。彼女の性格を自分は嫌と言うほど知っている。その経験で言うと、彼女に真実を話さなければ厄介なことになる確率が極めて高い。
「・・・・・・・・いいだろう、教えてやる」
「そうこなくっちゃね! で、で? 何があったの!?」
レイゼロールのその言葉に、シェルディアの傲岸不遜な態度はどこへやら。目を輝かせながら、レイゼロールに詰め寄ってきた。
(こういう部分は、昔から変わらないな・・・・・・)
ほんの少しだけ呆れたような表情を浮かべ、レイゼロールは全ての事の顛末をシェルディアに話した。




