第71話 対決、レイゼロール下(1)
レイゼロールの剣がスプリガンの体を貫こうとする。
これで終わりとレイゼロールは確信した。
だが――
「っ・・・・・・・・・・?」
あとほんの1ミリというところで、剣の切っ先は硬質化した闇で阻まれた。
「これは・・・・・」
気づけば、スプリガンの体から自分と同じように黒いオーラのようなものが揺蕩い始めていることに、レイゼロールは気がついた。
ふらりとスプリガンの左手が、自分を持ち上げているレイゼロールの手首に触れる。
死に損ないの怪人は、信じられないような力でレイゼロールの手首を掴んだ。
「ぐっ・・・・・!?」
ボキリ、と嫌な音が手首から響く。久しく忘れていた痛みという身体の信号に、レイゼロールは思わず手を離した。
そして、バックステップでスプリガンから距離を取る。
「ゲホッ! ゴホッゴホッ! ・・・・・・はあ、はあ、はあ・・・・・」
スプリガンは嘔吐くように息を吸い込み、激しく呼吸を求めた。
(何だ・・・・・? いったい何が起こった?)
レイゼロールは恐らく折れているであろう手首の骨に、闇の力を注ぎ骨を修復した。この程度のダメージは1時間もすれば勝手に直るが、今は戦闘中だ。そのため、レイゼロールは体力を激しく消耗する回復を使ってでも、そのダメージを修復したのだ。
レイゼロールは最大限の警戒をしながら、周囲に闇の腕を数十本ほど現界させる。さらに造兵も数十体ほど出現させた。
それらは全て未だに激しく呼吸を繰り返すスプリガンめがけて、攻撃を仕掛けた。
(ちっ・・・・・・・流石に我も体力が厳しくなってきたが、まだ退くわけには行かん)
まだスプリガンを殺せてはいない。あの不安因子を排除するために、今宵レイゼロールは面倒な力を使う罠を張ったのだ。成果を得られぬまま、撤退するのはいい結果とは言えない。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・邪魔だ」
腕が今にも影人を掴もうとする。造兵たちの武器が影人を殺そうと襲いかかる。
だが次の瞬間、それらは全て無残に切り裂かれた。
「!?」
これには流石のレイゼロールも目を見開いた。何せ、レイゼロールの眼を持ってしても、斬撃がほとんど見えなかったのだ。
ゆらりとスプリガンはこちらに左手を伸ばした。すると、虚空から鋲突きの鎖が恐ろしい速度でレイゼロールに向かってきた。その数およそ20本ほど。
(言葉なし? どういうことだ?)
スプリガンは力を使う際、必ず言葉を発していた。言葉を発していたということは、それが力を使うのに必要なステップだということだ。でなければ、わざわざ言葉を発していた理由が分からない。
だが今スプリガンは言葉を発していなかった。
それが意味するものとは――?
鎖の対応はある程度は追加召喚した闇の腕に任せ、残りは全てレイゼロールがたたき落とした。
自分と同じような黒いオーラは闇で身体能力を強化している証だろう。それに力を使うのに必要であった言葉の不要化。先ほどまでのスプリガンとは何かが違う。
(・・・・・・奴に何かが起こった。そしてそれは我にとって厄介なものだろう。ならば、そのことを踏まえればいいだけだ。次こそは奴を殺す)
レイゼロールが剣に闇を纏わせる。恐らく、今のスプリガンならば闇の力で身体の硬質化も出来るだろう。ならば、闇の力を破壊力に変えるのがベストな選択だ。
レイゼロールはその瞳に警戒の色を灯しながら、スプリガンを見つめた。
スプリガンが左手を真横に伸ばす。いつのまにか、スプリガンの右手の剣はレイゼロールと同じように、闇を纏っていた。レイゼロールもいくら闇で身体を硬質化しようとも、あの剣によるダメージは避けられないだろう。
スプリガンは俯いているため、その表情を窺い知ることはできない。体から立ち上る黒いオーラと合わせて、レイゼロールにはその光景が不気味なものに見えた。
スプリガンが手を伸ばした先に闇の渦のようなものが出現する。
何かしらの攻撃が来るとレイゼロールは剣を構えた。
だが、攻撃はやってこない。代わりに、スプリガンはその闇の渦の中に消えていった。
「いったい何だ・・・・・・・・!」
この世界から忽然とスプリガンが消えた。その突然の事態にレイゼロールの表情にも困惑の感情が浮かび上がる。
(あれは転移か? それならばスプリガンはどこかに逃げた? もしくは――)
レイゼロールが可能性のある答えに辿り着こうとしたとき、何の前触れも無く背後に気配が生じた。
(ッ!? やはり転移による攻撃か・・・・・・!)
レイゼロールは振り向くと同時に剣を振るった。
超反応によるカウンター。神速と呼んでも差し支えない一撃。
だが、その一撃をスプリガンも同じく超反応で回避した。
(これを避けるだと・・・・・!?)
レイゼロールの見開いた眼がスプリガンの金の瞳を捉える。
その眼の中心には闇が揺らめいていた。
(闇で眼を強化しているのか・・・・・・!)
スプリガンの超反応の理由を悟ったレイゼロールだが、時は既に遅かった。
スプリガンの剣がレイゼロールの体を切り裂いたからだ。
「ぐっ・・・・・・・!」
一応、体は闇で硬質化していたが、やはり今回はあまり意味を為さなかった。
右袈裟に斬られた場所から、赤い血が飛び出す。レイゼロールの血は闇奴や闇人とは違い、ごく普通の色だった。
影人の攻撃はそれだけでは終わらなかった。影人は縦に剣を水平にすると、剣をレイゼロールの体に突き刺した。
「がっ・・・・・!?」
剣で腹部を貫かれたレイゼロールを激痛が襲う。だが、それすらもまだ序の口だった。
スプリガンはレイゼロールに突き刺さった剣の柄を思い切り蹴った。
「ッ~~!?」
先ほどとは比べものにならない激痛を味わいながら、レイゼロールは吹き飛んだ。
スプリガンの身体能力に加え、闇によって強化された蹴りは、人間の形をしたものを吹き飛ばすのには十分な力があった。




