第63話 蹴撃のスプリガン(4)
『――影人、レイゼロールの目的が分かりました。レイゼロールの目的は、あなたです』
アカツキの視覚と聴覚を共有しているソレイユは、アカツキよりも速くその答えに辿り着いた。
「・・・・・俺?」
レイゼロールの目的が自分と言われて、意味がわからない影人はオウム返しのようにそう聞き返した。
『ええ、レイゼロールは4人を餌だと言いました。あの中でレイゼロールの餌になり得るのは、過去2回スプリガンに助けられた陽華と明夜の2人です』
「・・・・・つまりこいつは俺をおびき出す罠ってことか」
ちっと舌打ちをして、スプリガンは苛立った。
自分は彼女たちを助けるのが仕事だ。そんな影から彼女たちを助ける自分が原因で、レイゼロールに利用されるのは本末転倒であり、この状況が自分のせいというならば苛立ちもするというものだ。
『しかも事態は最悪になりました。レイゼロールは5分後あなたが現れなければ、4人を殺す気です・・・・・』
「おい、そういうことは先に言え! ならすぐにあれブチ破って――」
その情報に影人は声を荒げる。すぐに行動を起こそうとするが、ソレイユから待ったの声がかかる。
『待ってください影人ッ! いくらあなたでも危険です! 相手はレイゼロール、死にますよあなた!?』
それは影人が初めて聞くソレイユの慟哭であった。いつもの少しふざけた声でもなければ、慈愛に満ちた声でもない。ソレイユのむき出しの感情であった。
『私はあなたを失うわけにはいかないんです! レイゼロールとあなたが戦えば、あなたは殺されるでしょう! 弱体化しているとはいえ、それくらいの力は彼女にはあるのです! だから――!』
「――だから行くなってか?」
『っ!?』
影人は屋上の鉄柵に足を掛ける。少しバランスを崩せば、すぐに落下するが、身体能力が強化されている分、バランス感覚も強化されているので余程のことが無い限り落ちるということはないだろう。
「じゃあ、どうする? 今からお前が光導姫に招集をかけるか? 守護者の神に掛け合って守護者に来てもらうか? 無理だな、お前が転移させても残りの時間じゃ間に合わない」
それは冷静な分析であり、どうしようもない事実だった。
しかしそれでもとソレイユは言葉を投げかけようとする。
『分かっています! 分かっていますよ! けど、それでもこれはあなたを釣るための罠です! 行けばあなたは!!』
「それでも行くのが俺の仕事だ。・・・・・・お前から力を与えられたな」
ゆっくりとソレイユに語りかけるように影人はその言葉を口に出す。そして少しだけ口元を緩ませて、影人は言葉を続ける。
「万が一、俺が死んでもお前は気にするな。それは俺のミスだからな。・・・・・ま、死ぬ気はもちろんない。なんとかあいつらを助けるさ」
金の瞳で見上げるは、空に浮かぶ月。その月を見上げながら、最後の言葉をソレイユに伝える。
「・・・・・・・・確証はない。けどお前には信じてほしい。だから行かせてくれ、ソレイユ」
『・・・・・・・・・・・・ずるいですね、あなたは』
しばらくして、ソレイユが言った。
「悪いな、性格がこんなもんでね」
『ふふっ、知っていますよ。・・・・・・・信じていいんですね?』
「・・・・・・任せろ」
ソレイユの念押しに影人は静かに、しかし折れない意志を感じさせる声でそう答えた。
『・・・・・・・分かりました、あなたを信じましょう。帰城影人、いえスプリガン。1つだけアドバイスです。あの結界は一定の衝撃を外から与えれば、破れるはずです』
「了解だ。なら行ってくるぜ」
『それからもう1つだけ。本当にありがとう、あなたにとっては不幸以外の何ものでもないでしょうが、私はあなたを選んで良かった。心の底からそう思います』
それはソレイユの本心だった。そんな思春期真っ只中の影人にとって、小っ恥ずかしい言葉に少し顔を赤くさせながら、ぶっきらぼうな少年は言葉を返す。
「・・・・・・・・けっ、俺は今でもこんな危なっかしい仕事を辞めたいぜ」
スプリガンの身体能力をフルに活用し、影人は夜空に跳躍した。
宙に舞った影人は、飛距離が地上から最大になったところで、真っ逆さまの姿勢になる。
「――闇の板よ」
自分の足元、といっても空中にだが、闇色の板のようなものを出現させ、それを両足で思いっきり蹴る。
その勢いにより、凄まじいスピードと化した影人は猛速で結界に近づいていく。
「へっ・・・・・・・!」
半ばヤケクソな笑みを浮かべながら、影人は空中で1回転。これで自分の姿勢はこのまま行けば、足からあの結界の頂点部に激突するだろう。
そしてそれが影人の狙いだった。
「闇よ! 俺の足に纏え!」
突き出した右足の靴底に夜の闇よりなお濃い闇が集束する。
ぶっつけ本番のイメージ。蹴撃による襲撃。それが影人の選んだ一定の衝撃を与える方法だった。
そして影人の一撃が結界を破った。




