第6話 女神ソレイユ(1)
陽華と明夜を助けた次の日、帰城影人は朝から学校の机に突っ伏していた。
今日は朝から本を読みたい気分ではなく、少しでも寝たい気分だった。昨日初めて変身した後に気づいたのだが、体が全身筋肉痛になっていたのだ。
「っ・・・・・痛てぇ」
ちくしょう、あのクソ女神。変身した後に筋肉痛になるなら最初から言っとけ。こちとら運動部でもなんでもないただの帰宅部である。こんなハードな筋肉痛は初めてだ。
そんなことを思っている影人だが、なぜ筋肉痛になったのかはある程度予測がついている。おそらく、スプリガンとしての体のスペックに自分の体が追いついていないのだろう。
元々、スプリガンに変身した影人の身体能力の高さはスプリガン時の服装によるものだ。あの服装を身に纏うことにより、スプリガン時の影人は超常的な身体能力を得ることができているのだ。
他にも、あの鍔の長い帽子には認識阻害効果があり、あの帽子を着けている間は例え普段の影人を知っていても、影人が誰だか分からなくなったり、金の瞳は視力が飛躍的に上がったり様々な効果がある。
まあ、これは全てソレイユの受け売りなのだが。
そんなことを考えている間に、チャイムが鳴った。影人は体を起こすと、何とはなしに窓の外を見る。すると案の定、陽華と明夜がギリギリ正門を通り抜けた後だった。またしても、34歳独身上田勝雄が悔しそうな悲しそうな顔で二人を見つめていた。がんばれおっさん。
急いで昇降口に向かう陽華と明夜を見ながら、影人は思考した。
(あいつらはきっと、スプリガンのことが否が応でも気になっているはずだ。なら、あいつらが取る行動は――)
『私に直接聞きに来る、ですね』
「・・・・・・・・・・・・はあ」
何だかんだでこの1ヶ月近くで慣れてしまった自分に思わずため息が出る。普通、頭の中に突然声が響けば誰だって混乱するだろう。というか、普通の人なら病院に行く。だが悲しいかな、影人はもうこれくらいで驚嘆の心が反応しなくなってしまった。
(一応、聞いていやる。何の用だ)
教師がホームルームを始めている手前、普段のように独り言としてソレイユと交信できないため、影人は心の中からソレイユに問いかけた。ソレイユは一応神なので、念話というやつが可能らしい。
『あらあら、用事がなければ影人と話してはいけないのですか?』
(気色悪りぃぞ、ババア)
『カッチーン。私久しぶりにキレましたよ影人。女神に対してババアとはなんですか! こんな不敬は生まれて初めてです! というか、あなた私の姿見たことあるでしょう!? どう見ても年頃の乙女だったでしょう!? ええい、謝罪を要求します! 今すぐカワイイと言いなさい! カワイイと!』
(・・・・・・・・・)
『影人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
その後授業が始まるまで影人はソレイユを無視した。まあ、授業が始まると何も語りかけてこなかったため、分別はあるらしい。きっとまだ怒っているだろうが。
放課後。学校からの帰り道、陽華は珍しく考え事をしていた。普段はあまり考え事などしないのだが、いま頭を悩ませている問題は昨日から続いている。
いや、正確にはある人物に会ってからだ。
(あの人、何者なんだろ・・・・・スプリガンって言ってたけど)
そう、陽華の考え事とは昨日自分たちを助けてくれた、スプリガンという少年のことだ。
(あの感じだと、年は私たちと一緒くらいだよね・・・・? でも目の色が金色だったから外国人かな? いやでも、それにしては日本語が上手すぎるし・・・・もしやカラコン? いやいや、何のために・・・・・)
昨日からずっとこんな感じで、陽華はスプリガンのことを考えていた。なぜだろう、彼のことが頭から離れない。陽華の頭には、美しい金の瞳とその端正な顔が強烈なイメージとして残っている。
(も、もしかしてだけど・・・・・これが恋ってやつなのかな・・・・・・? いやいや確かにしてみたいとは思ったけど! こんなすぐ恋する!? も、もしやこれが一目惚れというやつか!?)
ショートカットの髪を左右に揺らしながら、顔を赤くする陽華。昨日から自分はずっとこんな感じだ。
「――か。陽華ってば!」
「ふぇ!? な、なに? 明夜?」
突然大声で自分の名を呼ばれた陽華は、思わず声が上ずりながら隣を歩く明夜に返事を返した。
「何じゃないわよ、まったく。さっきからずっと声掛けてたのに、全然反応がないんだもん。心配しちゃうじゃない」
明夜は少しすねたようにジト目で陽華を見た。そのクールな顔つきも相まって本当に怒っているようにも見えるが、付き合いの長い陽華はそれがポーズだと知っていた。
「あはは、ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」
「珍しい。いっつも元気いっぱいで、考え事とは無縁の陽華が悩み事なんて」
明夜は本当に驚いたように目を丸くした。その反応に陽華は少しムッとした口調で言葉を返した。
「ちょっと明夜! 私だって考え事くらいするよ!? 私をなんだと思ってるの!?」
「だってあの陽華よ? 陽華が考え事するのなんて、今日の学食なににするかくらいじゃない。いっつも、即断即決なのに」
「うぐ・・・・ま、まあそうだけど」
言われてみれば、確かにその通りだったので陽華は反応に困った。そんな陽華の反応を見て「でしょ」と明夜が言う。そして明夜は陽華の顔を見て話を続けた。
「で、考え事って何なの?」
「・・・・・・そ、その、スプリガンって人のことを」
陽華は正直に明夜に自分が考えていたことを打ち明けた。だが、自分の中で渦巻いている思いは悟らせないように、少し苦笑い気味で明夜に顔を向ける。
「あー、なるほど。確かに気になるよね。でもあの人絶っっっ対、性格悪いよ!」
「あはは・・・・明夜、昨日怒ってたもんね」
スプリガンとの短い会話の中で、明夜はスプリガンにからかわれたと思ったらしく、少し怒っていたのだった。
「あ! そうだ陽華、スプリガンのことソレイユ様に聞きに行こ!」
明夜は思いついたような顔でそんなことを提案してきた。
「え、ええ!? ソレイユ様に!?」
「うん! 初めてお会いしたときに、ソレイユ様に会う方法聞いたでしょ! よーし、そうと決まればレッツゴーよ!」
「・・・・そうだね! ソレイユ様に聞きに行こー!」
明夜の提案を受け入れた陽華は、明夜とお互いに顔を合わせると、笑顔でハイタッチした。




