第524話 歌姫オンステージ2(5)
「小学3年生の時に、私が副担任をしていたクラスの男の子でね。名前は帰城影人って言って、多少見た目は変わってたけど、律儀ないい子よ」
「っ!?」
その名前を聞いたソニアは思わず息を呑んだ。まさか、そんな。確かに奇跡でも起きて、彼に出会えないかとは思ったが、彼が今日自分と同じくこの祭りを訪れていたとは。奇跡は、もしかしたらソニアが手を伸ばせば届くところまで来ているのかもしれない。
「せ、先生! 彼は、その彼はどこに行きましたか!?」
「き、帰城くんの事? 彼なら、あなたが来る少し前にここを出ていったわよ? 他の所も回りたいからって・・・・・・・どこを回るとかは、言ってなかったけど・・・・でも、探せばまだ校内にはいるんじゃないかしら?」
ソニアは反射的に春子の両肩を掴み、そう声を張り上げていた。そのソニアの様子の変わりように驚いた春子は、目をパチパチとさせながらもそう答えた。春子から情報を得たソニアは、キャップとメガネを掛け直すと、すぐさま行動に移った。
「ありがとうございました! 急ですみませんが、私はこれで失礼します!」
「まさかソニアちゃんが帰城くんの事を知ってたとは――って、ソニアちゃん!? そんなに急いでどうしたの!? 後、校内は走っちゃダメよー!」
走って教室を出たソニアの耳に、春子の声が聞こえた。校内を走ってはいけない。何とも懐かしい言葉だが、今日ばかりは全力で走らせてもらうしかない。でなければ、奇跡は起きないだろうから。
(あの人が来てる。私のすぐ近くにいる! ああ、もうッ! 奇跡起こせるよ! ありがとう神様!)
鼓動が高鳴る。ソニアの記憶にいる彼がここにいる。そう思っただけで、駆ける速さは上がっていく。
(どこ? どこにいるの?)
校舎内をあらかた見て回ったソニアは、校舎の外へと出た。周囲にいるのは、小学生やその保護者が多いので、自分と同じ年頃の人物ならば目に止まりやすいはずだ。
(落ち着け、落ち着くのよ私。冷静に耳を澄まして、観察すれば、きっと見つかるはずだから・・・・・!)
興奮している自分に気がついたソニアは、一旦立ち止まり深呼吸を1つ行い、周囲に目と耳を走らせた。「お母さん、りんご飴買って!」、「向こうの方行こうぜ!」、「この後ご飯でも行かない?」、小学生や保護者の声がほとんどだが、ソニアはこんな声を聞いた。
「ねえ影人。次は体育館の方に行ってみようよ。体動かす系のやつが多いみたいで、面白そうだし」
「何でこのクソ暑い日に、体動かさなきゃならねえんだよ・・・・・・・」
(ッ・・・・・・・・・!?)
自分の探している人物の名前が聞こえた。ソニアはすぐにその声が聞こえてきた方向に顔を向けた。
すると、自分から30メートルほど離れた所に2人の人物の背中が見えた。少年と、おそらくもう1人は体付きから見るに少女だ。そして、その内の1人の少年の後ろ姿に、ソニアは見覚えがあった。
「見つけた・・・・・・・・!」
当時より身長が伸び、背中も大きくなっているが間違いない。ソニアが探している彼の後ろ姿だ。
その事が分かった瞬間、ソニアはまた駆け出していた。人を避けながら、彼との距離は徐々に近づいていく。残り20メートル、10メートル、5メートル、そして――
「あ、あの・・・・・・・・!」
「ん・・・・?」
ソニアは影人の右手首を掴んだ。
そして、突然右手首を掴まれた影人は驚いたように、ソニアの方に振り向いた。




