第52話 情勢(3)
「・・・・・・・いえ? 俺は今あなたと初めて会いましたけど・・・・・」
青年の不思議な問いに影人は首を横に振った。そもそも、こんな絶世のイケメンと会ったならば忘れるはずがない。
影人の反応を見たその青年は「あれ?」と少し考え込むような仕草をした。
「おかしいな・・・・・・確かに君とどこかで会ったような気がするんだが」
しばらく記憶を探っていたのだろうその青年は、なんとか思い出そうとしていたようだが、1分ほどすると諦めたようだった。
「・・・・ごめん。どうやら俺の記憶違いだったみたいだ。如何せん、俺も年でね」
「は、はあ・・・・・・」
どう見ても自分より少し年上にしか見えないが、彼なりのジョークというやつだろうか。
「・・・・・・・注文は」
どうやら店の名前と同じ名前らしかった女性――ということはやはり彼女が店主で決まりだろう。しえらは金髪の青年にジトッとした目でぼそりと言葉を放った。
「ああ、ごめんしえら。そうだな、ミルクティーと卵のホットサンドを2つ。1つは彼にね」
「え、そんないいですよ!」
「あ、お腹いっぱいだったかい? ならデザートにしようか?」
青年はごめんごめんといった感じで影人の顔を見てきたが、影人はそういうことじゃないとその青年に言葉を返す。
「いや、そうじゃなくてですね・・・・・見ず知らずの方に食べ物を奢ってもらうのは・・・・」
「それは気にしないでくれ。俺からのお詫びだよ、人違いで君に迷惑を掛けたから。じゃあ、しえら今の注文で頼むよ」
青年の注文を聞き届けた店主は「・・・・・ん」と再び作業に取りかかった。残された影人は仕方なくと言うのは変だが、お礼の言葉を述べた。
「・・・・・・ありがとうございます。ちょうどお腹が減ってたんです」
「いや、俺の勝手な自己満足だし。・・・・・・・君は律儀な子だね」
「え? 俺がですか・・・・・?」
影人は至って普通にいきなりホットサンドを奢ってくれた心優しい外国人に感謝の言葉を述べただけだ。それは律儀というよりは、人として当然のことではないか。
「ああ、普通いきなり話しかけてきた怪しいやつに食べ物を奢られれば、警戒こそすれ、お礼を言うのは律義だと思ってね」
金髪の青年はその宝石のような青い瞳を影人に向けながら、その顔に笑みを浮かべる。影人はその笑顔がただただ美しいなと感じた。
「・・・・・そうですかね? だとしたら、それはきっとあなたがいい人だからですよ」
影人がそう言うと、その青年は一瞬キョトンとしたような顔になりその後大きく笑った。
「ぷっ、はははははは! 失礼、別に馬鹿にしているとかじゃないんだ。ただ、君はやっぱり律義な子だと思ってね!」
「・・・・・・そうですか」
この外国の青年はどうやら少し変わっているらしい。影人にはこの青年の感性がいまいち理解できなかった。
「・・・・・どうぞ」
そうこう青年と話している内にしえらがホットサンドとミルクティーを青年の前に出した。そして影人の前にも青年と同じ可愛らしい皿に盛り付けられた卵のホットサンドが置かれた。
「美味そう・・・・・」
「さ、食べて食べて。しえらの作るのは全部絶品なんだよ!」
「・・・・・・あなたに言われるとムカつくからやめて」
しえらがむっとした顔でその青年に忠告した。2人のやり取りを聞いていると、影人はしえらと青年は店主と常連客というただの関係ではないような気がした。
「じゃあ・・・・・・いただきます」
影人が手を合わせホットサンドを口にした。熱々の卵とバター、それに辛子マヨネーズが絶妙にマッチしたホットサンドは青年の言葉通り絶品だった。
「美味しいです・・・・・・」
影人が口元を緩めてそう言うと、しえらは「ん・・・・・よかった」と少し恥ずかしそうにして仕事に戻っていった。
「だろ? さて俺もいただくかな」
青年はニカッと笑うと、影人と同じようにホットサンドにかじりついた。そして「うん、うまい!」と言って、それをミルクティーで流し込んでいた。
しばらくお互いにホットサンドを堪能する。しえらに渡されたお冷やと共に、影人は幸せな時間を味わった。
そして綺麗にホットサンドを食べ終え、パチンと再び手を合わせる。ごちそうさまと呟くと、金髪の青年に再びお礼の言葉を口にした。
「・・・・改めてごちそうになりました。ええと、外国のお兄さん」
「いや、どういたしまして。もう帰るのかい少年?」
食後に再びミルクティーを飲んでいた青年に影人は頭を下げる。青年の問いに影人は「ええ」と答える。
「ふらりと寄った所でしたけど、ここはとてもいい喫茶店ですね。また来たいと思います。今度は自分でホットサンドも注文しますよ」
「そいつは良かった。良かったねしえら、新しいお客さんがまた来てくれるってさ」
青年が洗い物をしていたしえらに話しかけた。しえらはちらりと影人の方を見ると、ほんの少し口角を上げてこう言った。
「・・・・・またのご来店を」
「はい」
影人はバナナジュースの代金をしえらに支払い、喫茶店「しえら」を後にした。
「いやー、面白くていい少年だったね彼は。しえらもそう思わないかい?」
「・・・・・・別に。それより、あなたにはさっさと今までのツケを払ってもらいたい。ラルバ」
影人が去ってから守護者の神、ラルバは気分がよさそうにこの店の店主に話しかけたが、その店主は淡々とした声で神に催促した。
「え? 俺は君のお爺さんにここでの飲み食いは自由にしていいって言われてるんだけど・・・・・・」
「・・・・・それは知ってる。でもそれはそれ。それはおじいちゃんが店主だったときのこと。今は私が店主だから関係ない」
「そ、それは手厳しいな・・・・・・・」
ラルバは顔が引きつったように笑みを浮かべた。え、何それ。そんなこと聞いてないんですけど。
「・・・・・まあ、おじいちゃんに免じてもう少しは待ってあげるけど」
「わ、わかったよ・・・・・・」
なんとかこの場をしのげたラルバは心の中でホッと息をついた。
そしてしばらくして、しえらがこんな噂をラルバに話した。
「・・・・・・知ってるラルバ? 最近、闇奴や闇人を狩る謎の人物がいるらしい。そいつをみた光導姫はその人物の特徴をこう評したみたい。――曰く、『死神』のようだった」
「・・・・・・ああ、知ってるよ。それが?」
しえらの言葉はラルバは感情の読めないような表情を浮かべる。しえらはそんなラルバの表情から何かを探るように次の言葉を口にした。
「・・・・・・あなたの所の正体不明の4位と同じような特徴だとは思わない?」
「・・・・・・・・・・・・」
レイゼロール率いる闇奴・闇人対ソレイユの光導姫・ラルバの守護者。
そこに現れた、謎の男スプリガン。そして闇奴・闇人を狩る死神のような謎の人物。
何千年も変わることなかった情勢が、今確かに変わろうとしていた。




