第5話 力(2)
「ふう・・・・・」
二人から逃げ去ったスプリガンはとある住宅街の路地裏で息をついた。
あの様子だと追ってくるかとも思ったが、闇奴だった人間のことが心配だったのか追ってはこなかった。
スプリガンは辺りに人がいないことを確認すると、一言こう呟いた。
「解除」
すると、スプリガンに変化が訪れた。
鍔の長い帽子は闇色の粒子となって消え、黒の外套と紺のズボン、深い赤のネクタイと編み上げブーツも同じく粒子となって消え去った。そしてその代わり、とある学校の制服をスプリガンと名乗っていた少年は着用していた。
瞳の色も金から元の虹彩の黒に戻り、少し長めだった前髪は、顔を覆うような長すぎる前髪に戻った。
「・・・・・・初めて変身したが、変な感じだったな」
スプリガン――もとい帰城影人は癖である独り言を呟いた。変身の仕方と、力の使い方は知識として知ってはいたが、実際に使ったのは今日が初めてだ。
『――まずは感謝を。ありがとうございます影人』
脳内に女性の声が響く。戦闘中は気を遣ってか何も言ってこなかったようだが、全てが片付いたいま話しかけてきたのだろう。
「けっ、それが俺の仕事だからな。お前から無理矢理与えられたな」
『はい・・・・・そうですね。その事に関しては何も言い返せません。私はあなたの意志を半ば無視して、あなたにお願いごとしました』
脳内に響く声の女性は、申し訳なさそうにそう言ってきた。影人はすぐ後ろの壁にもたれ掛かりながら、言葉を返した。
「お願いごとだ? 命令の間違いじゃねえか? まあ、んなことよりだ、ソレイユ」
影人は脳内に響く女性――女神ソレイユに対して言葉を続けた。
「今回は間に合ったからよかったが、あいつらが死んでてもおかしくはなかった。だから、今度あいつらに言っとけ。もっと緊張感を持てってな」
そう、今回は影人が間一髪間に合ったからよかったが、あのままなら陽華は死に、その後に明夜も死んでいただろう。前から見ていて思っていたが、あの二人は命が掛かっている状況なのに楽観的すぎる。
『そうですね。今度あの二人に言っておきましょう。ですが、今回のことで緊張感は持ったと思いますが』
「それでもだ。お前が言うから効果があるんだ。言葉に出す、出さないとじゃ違うだろ」
影人はペンデュラムに戻った変身装置を手で弄びながら空を見上げた。もう少しで日が暮れそうだ。
『・・・・・・やはり、あなたは優しいですね。わかりました、しっかりと言っておきましょう。それはそうと、影人』
「何だ?」
ペンデュラムを制服のポケットにしまいながらソレイユの言葉に耳を傾ける。まあ、脳内に響いている声に耳を傾けるというのもおかしな表現だが。
『なぜ、スプリガンと名乗ったのですか?』
その声はまるで答えが分かっているかのような声だった。今は顔は見えないが、絶対にニヤニヤしている。
「・・・・・・・・別に。深い意味はねえよ、ただ頭に浮かんだだけだ」
『ふふっ、そうですかそうですか。かわいいですねぇ、影人は』
「てめぇ、おちょくってんのか!? だから、パッと頭に浮かんできただけで――!」
『はいはい』
「おいこのクソ女神! 話を聞け!!」
スプリガン。それは財宝を守るとされている妖精の名前。財宝が一体何なのかは――その人の想像次第だ。