第36話 光導姫アカツキ(1)
「疾風一閃」
夕闇の中、声が奔る。その言葉通り、風の剣戟が闇奴と呼ばれる怪物を切り裂いた。
断末魔の声を上げながら、怪物は光に包まれる。そして怪物は元の人間へと姿を変えた。
今回、闇奴化していたのは、スーツを着た女性だ。会社絡みか、はたまたその外見の若さから就職活動絡みの心の闇を利用されたのかはわからないが、今は気を失っている。
その女性を淡いエメラルドグリーンのフードをかぶった人物は、路地裏の壁にもたれ掛からせた。
闇奴と戦うのは、必然的に住宅街か都市部のことが多い。そこに人が大勢いるからだ。光導姫の人払いの結界がなければ、一体どれほどの被害が一般人に及ぶかと思うと、フードをかぶった光導姫は毎回ゾッとする。
「・・・・・・さて、帰ろうかな」
女性を置いた路地裏から自分以外誰もいない表通りに出て、フードの光導姫は変身を解こうとした。何はともあれ、光導姫としての今日の仕事は終わった。
しかし、その直後男性の声が響いた。
「あれ? もう終わってんの?」
「っ・・・・・・・!」
まだ自分は変身を解いていない。だと言うのに、自分以外の声がすぐ近くから響いてきた。
フードの光導姫は声がした方向に目を向ける。すると電灯の下に1人の男が現れた。
ヘラヘラとした顔のいかにも軽薄そうな少年だ。年の頃はおそらく自分と同じくらいだろう。目立たない灰色を基調とした服を身に纏い、その右手には電灯の下で鈍い輝きを反射する短い槍を携えている。
「・・・・・・なんだ、君か。『かかし』」
だが、フードの光導姫はその軽薄そうな少年の姿を確認すると、はあー、とため息を吐いた。すると、かかしと呼ばれた少年はそのヘラヘラとした顔のまま言葉を返した。
「おいおい、なんだとは失礼だな。これでも一応助けに来たってのに、あと俺の守護者名は『かかし』じゃねえ。『スケアクロウ』だ、間違えないでくれよ」
「別にどっちでもいいじゃないか。英語か日本語かの違いだろ。それより助けにきたってどういう意味さ?」
2人は一応面識がある。いや、何なら光導姫と守護者として共に共闘したこともある仲だ。しかし、フードの光導姫はこの『かかし』という名の守護者が苦手だった。別に嫌いというわけではない。ただ、フードの光導姫は『かかし』のような軽薄な人物が苦手だった。
「別に言葉通りの意味だぜ? あんたを助けにきたんだよ『アカツキ』」
かかしは、フードの光導姫――アカツキに再び言葉を返す。
「・・・・・あのさ、僕を舐めてるの? 確かに今回の闇奴は獣人タイプ一歩手前の強さだったけど、これくらいなら守護者の力を借りなくても僕1人で十分だよ。これでもランキングは25位だからね」
アカツキはフードの下からかかしを睨む。
通常、守護者は特別な理由でも無い限り、今回アカツキが戦ったような闇奴との戦闘に助けに来ることはほとんどない。なぜなら闇人でも獣人タイプでもない闇奴は、光導姫だけで事足りるからだ。
しかもアカツキは光導姫ランキング25位。闇奴などはたちまち一刀のもとに斬り伏せて終わりである。
ゆえに、かかしのセリフを聞いたアカツキはその言葉を侮辱の意味も混じった言葉と受け取ったのだ。
「あんたを舐めるわけねえだろ? あんたの実力は俺も知ってる。でもよ、これはラルバ様からの指示なんだよ。さすがの俺も逆らえねえってわけだ」
かかしは自分の武器である短い槍を水平に両肩に乗せ、そこに手を回してここに来た理由を話した。
「・・・・ラルバ様が? 理由は?」
まさか思ってもいなかった人物の名が出てきたため、アカツキはかかしにそう質問する。すると、かかしはそのヘラヘラした顔をほんの少し真面目な顔つきにしながらその理由を語った。
「いや、何でも守護者の10位からの報告らしいんだけどよ。この前レイゼロールが都心に出現したときあったろ? あんたと俺もかり出されたやつ。どうやら
その裏であいつ、あのフェリートと遭遇したらしいんだよ」
「・・・・・フェリートって言えば、最上位クラスの闇人じゃないか。失礼だけど、その10位の彼よく生きてたね。最上位クラスの闇人の相手なんて本来は5位以上がやることだろ?」
光導姫と守護者にはランキングというものがある。光導姫のランキングの場合は、浄化力、闇奴との戦いの実績、その戦闘能力が評価される。ランキングは100位まであり、そこに名を連ねれば実力者ということになる。そしてそれは、守護者の場合も同じだ。ただ守護者は浄化の項目がランキングから外され評価される。守護者は光導姫とは違い闇奴を浄化できないからだ。
ちなみに会話からも分かる通り、アカツキは光導姫ランキング25位と自分で言うのも何だがけっこうな実力者と自負している。(ちなみに、かかしのランキングは確か50位だったはずだ)
そしていま話に上がったフェリートは、お互いのランキングの5位以上でなければ相手をするのは非常に難しいというわけである。
「まあ、あいつは1年でランキング10位までいった化け物だからな――と言いたいところだが、今回ばかりはあいつもヤバかったらしいぜ。なんせ相手はあのフェリートだ。古くは中世からその姿を確認されてきた闇人。普通ならなんとか逃げ出すとこだが、どうやらその時いたのは新人の光導姫だったらしい。だから、あいつは逃げられなかった」
「新人の光導姫だって!? おいおい、新人の光導姫がフェリートと戦ったって言うのかい!? そんなの無茶苦茶じゃないか! ソレイユ様はなぜそんな采配を・・・」
ついアカツキは声を荒げた。しかしそれも当然だ。新人の光導姫がフェリートと戦う。そんなものは自殺するのと同じだ。
しかも実際にどの闇奴・闇人にどの光導姫を向かわせるのを決めるのは、ソレイユだ。そのソレイユの采配のためにもランキングは存在しているのだ。(それはラルバも同じ)
ゆえにアカツキは混乱した。なぜランキングも圏外であろう新人の光導姫にソレイユはフェリートの相手を任せたのかと。
「それがどうやらフェリートは突然現れて襲ってきたらしいんだよな。だから、新人の光導姫は戦うしかなかったってことだろ。――そんでだいぶ遠回りしたがここからが本題ってわけよ」
かかしはその顔を話し疲れたのか、面倒くさそうにしながらアカツキに話を続けた。
「普通ならフェリートと戦った時点で、ウチの10位もあんたんとこの新人の光導姫も死んでる。残念ながらそれが事実だ。でもそいつらは死んでいない。なぜか、そこに得体の知れない奴が現れたから、らしい」
いまいち要領を得ない口調でかかしはそう言った。らしい、というのは、その場にかかしがいなかったから、そのように表現したのだろうとアカツキは考えた。
「得体の知れない奴?」
先ほどのソレイユの采配についての疑問は解消されたが、また新たな疑問が生まれた。先ほどかかしはここからが本題と言っていたから、その得体の知れない人物が、かかしがアカツキを助けにきたことと何か関係があるのだろうか。
「ああ、俺も見たわけじゃねえし聞いただけなんだがよ。話を聞いた限り、確かにそいつは怪しい、いや謎の人物なんだよなー」
かかしが本当に珍しく、いつものヘラヘラとした顔でなく長い間真面目な顔で饒舌に話している。アカツキはかかしとはいくらかつき合いがあるから、彼の真面目な顔をこんな長時間みることができるとは思わなかった。
「何でもそいつはスプリガンっていうらしい。新人の光導姫の命を救った黒の外套を纏った野郎なんだと」




