第3話 謎の男スプリガン(3)
(ああ。死ぬんだ、私)
身動きのとれない体で、陽華は呆然と今にも自分を殺すであろう化け物を見上げていた。声はまるで出し方を忘れたように出なかった。
(・・・・・もっと、生きたかったな)
この力を授かった時、このような事態もありうると女神様から言われていたのだ。そのリスクを踏まえて、光導姫になるかならないかは自分たちの判断にまかせると。そして、自分と明夜は困っている人がいるならと即決した。
いま思えばそれは何と甘かったことだろう。あの頃の自分は説明はされても、どこか自分には関係のない話だと思っていたに違いない。
そして何度か光導姫として戦っている内に、大丈夫という漠然とした慢心が募っていた。
隣では明夜が涙を浮かべながら、陽華の名前を叫んでいた。だが、わかってはいても今はそれがどこか遠くに感じてしまう。
(おいしいご飯ももっといっぱい食べたかったし、友達ももっとつくりたかったし、それに・・・・・・・・恋ってやつもしたかったなぁ)
そんな心の独白を最後に朝宮陽華は、迫り来る死を受け入れるしかなかった。
「――闇よ、彼の者を守る盾となれ」
だが、結果として陽華は死ぬことはなかった。
陽華に振り上げられた両拳のハンマーは陽華に当たる直前、何か黒い大きな盾のようなものに阻まれた。
「な!?」
レイゼロールも思わず疑問の声を漏らす。忌々しい光導姫を亡き者にしようとした瞬間、その渾身の攻撃は防がれてしまったのだから。
だが、何が起こったかは陽華と明夜にも分からないらしく、二人ともただただ立ち尽くしている。
しばらくすると、陽華を守っていた盾のようなものは虚空に消え去った。そして、一陣の風が、立ち尽くす二人を後ろから抜き去り、目の前の怪物の腹部に強烈な蹴りを放った。
「グボッ!?」
腹部に蹴りを受けた怪物は体勢を崩し、その場に倒れた。
「・・・・・・・ふん」
風の正体は一人の男であった。長い黒の外套を羽織り、深い赤色のネクタイ。紺のズボンに、編み上げブーツを履いている。鍔の長い帽子を目深にかぶり、少し長めの前髪から覗く瞳の色は金。その顔立ちはとても整っている。
全体的に怪しい雰囲気のその男は、陽華と明夜を背にして怪物とレイゼロールに立ち塞がった。
一瞬、雰囲気に呑まれたレイゼロールがすぐさま最大の警戒と共に、その謎の男に詰問した。
「・・・・・・貴様は何者だ? 守護者か? いや、守護者にはあのような力はないはず・・・・・あれではまるで・・・・・・答えろ。貴様は誰だ?」
「・・・・・・名か」
謎の男は少しの間を置いてこう答えた。
「――スプリガン。それが俺の名だ」