第23話 フェリートVSスプリガン(1)
日が沈んだ神社に陽華の声が響く。辺りが暗くなったことで周囲にポツポツと明かりが灯ってゆく。
「・・・・・スプリガン、ですか」
明夜に襲いかかったフェリートは、左手に光司と切り結んでいるもう1人のフェリートと同じように、闇色のナイフを出現させた。そしてそのナイフで自分の右手を拘束している鎖を断ち切った。
「・・・・・・・」
スプリガンは断ち切られた鎖に視線を落とすと、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らし、鎖は虚空に消えた。
「っ! このッ! 明夜から離れて!」
陽華は未だスプリガンを見つめるフェリートに、高速の右ストレートを放つ。
「おやおや」
フェリートは陽華の一撃を見ずに避けると、超速のスピードで後方に移動した。すると、光司と切り結んでいたもう1人のフェリートも、光司に強烈な蹴りを叩き込み後ろに退却した。
「ぐっ・・・・・・!?」
腹部に手痛い一撃をもらった光司は、そのまま陽華と明夜のいる場所まで吹き飛ばされる。
「大丈夫!? 香乃宮くん!」
明夜が地面に転がった光司に心配の声を投げかかけ、陽華と2人で光司を助けようとする。
「僕は・・・・・だ、大丈夫だ! それよりもッ!」
光司はなんとか上体を起こし、2人のフェリートを睨み付ける。そして剣を再び握りしめると、必死に立ち上がろうとした。
「ダメッ! 無茶だよ香乃宮くん!」
「そうよ! あんな蹴りを受けたら普通の人は死んでるんだから!」
陽華と明夜は深刻なダメージを受けても戦おうとする光司を止めようと制止の言葉を放つ。しかし、光司は痛みに歪む顔になんとか笑みを作った。
「本当に、大丈夫だよ、今の僕は・・・頑丈だからね。だから、まだ、戦え・・・・・ぐっ!?」
ヨロヨロと立ち上がろうとする光司だが、その途中で激痛に顔を歪め再び地に沈んだ。陽華と明夜は半ば叫びながら光司の名を呼んだ。
「・・・・・・・・」
スプリガンはそんな光司を一瞥すると、光司を介抱している2人にこう言った。
「おい、そこの2人。そいつを連れて速く逃げろ」
並び立つ2人のフェリートに意識を向けながら、スプリガンは立ち塞がるように光司たちの前に移動した。
「ッ! ダメだよ! あなた1人だけ残るなんて!」
陽華が泣きそうな声でスプリガンに叫ぶ。無理だ、スプリガン1人であいつに勝てるわけがない。
しかしそんな陽華の思いなど、どうでもいいといった感じで、スプリガンは冷たい言葉を返す。
「・・・・・足手まといなんだよ。お前らは」
「っ・・・・・・・」
その言葉に陽華の心は大きなショックを受けたが、同時にその冷たいほどの正論に陽華は打ちのめされた。そして、それは陽華だけでなく明夜も光司も理解していた。2人もスプリガンの正論に何も言い返せない。
「・・・・・・2人とも、ここは、退こう」
苦しげに息を吐きながら、光司は自分を介抱してくれている陽華と明夜にそう告げた。
「ッ・・・・・・でもっ!」
「悔しいがっ・・・・・・彼の、言うとおり・・・・・だ!」
陽華が迷いと葛藤のある目を光司に向けるが、光司は息も絶え絶えにスプリガンの背中を見つめる。
「・・・・陽華、ここは退きましょう」
「明夜・・・・・・」
明夜が声のトーンを一定に抑え、感情の読み取れない顔でそう言った。
つき合いの長い陽華だからわかる。明夜がこんな表情をするのは、様々な激情を瀬戸際で抑えているからだ。
親友のそんな顔を見た陽華はもはや何も言えなかった。
そして明夜は光司の腕を自分の肩に乗せ、光司を立ち上がらせようとする。陽華も慌てて明夜と同じようにもう片方の腕を自分の肩に乗せた。
フェリートの妨害が来ると覚悟していた陽華たちだが、意外にも2人のフェリートは何もしてこなかった。
2人は光司を立ち上がらせると、光司に寄り添い、神社から逃げようと鳥居に向かって歩き始めた。そのまま退場するかに見えた3人だが、鳥居を潜ろうとする瞬間、光司が振り向いた。
「・・・・・・スプリ、ガン。今回は、感謝する、でも、僕、は、お前を・・・・・信用できない・・・・ゲホッゲホッ!」
「香乃宮くん!?」
光司が激しく咳き込む。無理もない。あれほどの衝撃ならば、いくら守護者変身時が頑丈といえども、骨の1本くらいは折れているかもしれない。
「・・・・・・・・」
スプリガンは何も答えない。光司は数瞬スプリガンを見つめていたが、すぐに陽華と明夜と共に神社から姿を消した。
後に残されたのは、闇に溶け込むような外套を羽織ったスプリガンと、2人のフェリートだけだ。




