第2018話 文化祭と提督3(4)
「・・・・・・さて、じゃあ行くか」
時間が経つのは早いもので時刻はすっかり昼過ぎ。12時を回った。メイジ・オブ・マスクの役をクラスメイトと代わった影人は、制服を纏ったいつもの前髪スタイルで校舎内を歩いていた。自由時間だが、シェルディアと待ち合わせているため、待ち合わせ場所である裏門まで行かなくてはならない。
ちなみに、去年の待ち合わせの時は正門だったが、今年はなぜ裏門かというと、目立つ可能性を出来るだけ低くしたいからである。裏門は当然ながら、正門よりも人の数が少ない。いや、ほとんど人がいないと言ってもいいだろう。
案内するという都合上、目立つのは確定だ。しかし、それでも正門で一気に注目を集めるのは、影人からすれば避けたい事だった。まあ、一言で言えば影人の行為は「焼け石に水」以外の何者でもなかった。
影人は校舎を出て人気のない裏門への道を歩いた。そして、校舎の角を曲がればすぐに裏門という場所に差し掛かった時、
「――それにしても、影人の奴遅いね。女性を待たせるなんて、本当どうしようもない奴だよね」
「そう言うものでもないよ。きっと彼も忙しいんだろう。彼のクラスの出し物はとても人気らしいからね。私もまだ行けてはいないが、文化祭が終わるまでには行くつもりだよ」
そんな声が影人の耳を打った。どちらも女性の声だ。そして、影人はどちらの声にも聞き覚えがあった。前者は暁理。後者はロゼの声だ。
(っ、何であの2人の声が・・・・・・)
影人の足がピタリと止まる。なぜ、裏門から暁理とロゼの声が聞こえるのか。影人は校舎の陰に隠れ、少しの間様子を窺う事にした。
「ふふっ、そうね。私も影人がやる出し物には顔を出してみたいわね」
「私もぜひ行ってみたいです!」
影人がジッと聞き耳を立てていると、新たにそんな声が聞こえてきた。その声の主は、影人が待ち合わせをしているシェルディアと、シェルディアの同居人であるキトナの声だった。どうやら、シェルディアはキトナも文化祭に連れて来たようだ。
「でも、まさか裏門でシェルディアちゃん達と会うとは思ってなかったよ。僕とロゼさんは、たまたま小休憩でこっちに来ただけだったし」
「しかも、帰城くんとの逢瀬ときたものだ。本来ならば、私たちは邪魔者になるわけだが・・・・・・本当によかったのかい? 私たちも一緒に文化祭を回っても」
「もちろんよ。だって、大勢で回った方が楽しいでしょう。私、それほど器は小さくないつもりよ。今日はみんなで影人を共有しましょう」
「そうですよ。影人さんほどの面白くて魅力的な方、独占なんてしたらもったいないです」
ロゼの言葉にシェルディアとキトナはそう返事をした。大体の事の顛末を理解した影人は、ダラダラと嫌な汗を流していた。
「あんな奴が魅力的ね・・・・・・面白いっていうのは同意だけど、僕はそこは分からないかな」
「あら、そう? あなたも十分に分かっていると思っていたけど。あなたはもう少し自分に素直になった方がいいわね。でないと、後悔するかもしれないわよ」
「そうだね。慕情の花は大切に愛でたいものだ。しかし、時には素直さや勇気といった水も注がなくてはならない」
「うふふ、暁理さんは可愛いですね〜」
暁理の呟きに、シェルディア、ロゼ、キトナが意味深な答えを送る。3人からそう言われた暁理は「なっ・・・・・・!?」と一瞬で顔を真っ赤にさせた。
「まあいいわ。この話はまたいつか、時が来ればしましょう。それより・・・・・・影人、そこにいるんでしょう。そろそろ出て来たらどうかしら?」
シェルディアが校舎の方に顔を向ける。その事に気づいていたのはシェルディアだけだったので、暁理、ロゼ、キトナは驚いた様子になった。
「・・・・・・?」
しかし、いつまで経っても影人は出てこなかった。不審に思ったシェルディアが校舎の陰まで歩く。そして、影人がいるはずの場所を確認した。
だが、その場所に影人の姿はなかった。
「・・・・・・はあ。全く、あの子の癖にも困ったものね」
影人は逃げ出したのだ。その事を悟ったシェルディアは大きくため息を吐いた。
「嬢ちゃんだけじゃなく、キトナさんにピュルセさんに暁理の奴と文化祭を回らなきゃならないなんて・・・・・・無理だ無理。注目集めすぎてこれからの学校生活に支障をきたすぜ。女子4人と文化祭回るとかどこのラノベ主人公だよ。俺はそんなキャラじゃねえ・・・・・・」
一方、逃げ去ったヘタレ前髪野郎は、木の葉を隠すならなんとやらの考えの元、校舎の中に入っていた。
(後で絶対嬢ちゃんとか暁理には怒られるがそれはもう仕方ねえ。えげつない注目を集めるよりかは、嬢ちゃん達に怒られた方がマシだ)
そそくさと出来るだけ裏門から離れた場所に向かって歩きながら、影人は内心でそう呟く。最悪の最悪、シェルディアと暁理などと戦い半殺しにされる可能性もなくはない。しかし、それでもあの4人と文化祭を回るよりかはいいと、影人は本気で考えていた。
「休憩時間はまだまだたっぷりありやがるな・・・・・・適当にかくれんぼしながら時間潰すか」
スマホで時間を確認した影人は自由時間のプランを急遽変更した。出し物を回ればシェルディア達と鉢合わせる可能性が高い。よって、影人に出来るのはコソコソとどこかに身を隠す事だけだ。
「さて、どこに隠れるか・・・・・・ん?」
影人が悩みながら階段の踊り場に出る。すると、影人の前を歩いていた女性がポケットからコロリと何かを落とした。
それは、赤い宝石だった。いや、正確には宝石を模したオモチャのような贋作だった。
「あの、すみません。これ落としましたよ」
影人は偽物の宝石を拾い、前を歩く女性に声をかけた。
「む? 何か落としたか。ああ、すまない」
女性が振り返り、影人の方に顔を向ける。影人も今まで下を見ていたので、前髪の下の目を女性の顔に合わせる。その結果、両者はそこで初めて互いの顔を認識するに至った。
「「っ!?」」
互いの顔を見た女性と影人は軽く驚いた顔になった。なぜなら、2人は互いに顔見知りだったからだ。
「『提督』・・・・・・」
「帰城影人・・・・・・」
そして、影人とその女性――アイティレは互いの存在を示す名を呼び合った。




