第2007話 文化祭と提督1(1)
「暑い・・・・・・」
9月上旬のとある日。ジリジリと肌を焼く太陽を恨めしそうに見上げた影人はそう呟いた。9月は既に秋のはずだ。しかし、天に輝く太陽は到底秋の太陽ではなかった。もはや9月も夏と変わらない。ここ数年は毎年そう思っている気がする。
「大丈夫ですか帰城さん? 顔色が悪いですが・・・・・・」
影人を心配するように海公がそう声を掛けてくる。現在は5限目の体育の時間。影人と海公はペアでソフトボールの球でキャッチボールをしていた。
「ああ・・・・・・って言いたいところだが、正直今すぐ日陰に行きたい気分だ。夏休み明けの体育でこの暑さは流石にキツいな・・・・・・」
「そうですね。正直僕もけっこうキツいです。熱中症には気をつけなきゃですね。帰城さんも本当に体調が悪くなったら言ってくださいね。保健室まで付き添いますから」
「ありがとよ。お前は本当優しくていい奴だよ春野。でも、今はまだ大丈夫だ」
海公の投げたボールをグローブで受け取った影人はフッと笑うと、ボールを海公に投げ返した。海公は影人にとって数少ない癒しを与えてくれる存在だ。
「あー、体育ダリぃ。学校ダリぃ。一生夏休みがいいぜ」
「だよなー。でも、秋はイベント盛りだくさんじゃん。体育祭に文化祭、そして・・・・・・修学旅行!」
「あー、確かに。俺、修学旅行だけは楽しみだわ。今年の修学旅行って確か沖縄だったよな。俺、飛行機も乗った事ないし、沖縄も行った事ないからクソ楽しみだわ」
影人たちがキャッチボールをしていると、隣の男子ペアからそんな会話が聞こえてきた。
「ああ、そうか。もうそんな季節か」
隣のペアの会話に影響された影人は去年の事を思い出した。体育祭は適当に力を抜き、文化祭はまあ色々と思い出深い。ただ、修学旅行に関しては――
「・・・・・・春野は修学旅行楽しみか?」
「え? は、はい。人並み程度には楽しみです。僕も沖縄には行った事がないので。それに・・・・・・修学旅行のあの独特の空気感はそうは味わえませんから」
「そうか。まあ、そうだよな」
海公の答えを聞いた影人は首を縦に振った。海公の答えは、恐らく一般的な回答だろう。世間の多くの学生は、どこか非日常感のある修学旅行を楽しみにしているものだ。
「あ、そう言えば・・・・・・帰城さんは2回目ですよね。参考までにお聞きしたいんですけど、去年はどこに行かれたんですか?」
海公は影人との距離を少し詰めると、小声でそんな質問をした。風洛高校の生徒は基本的に2年生の時に修学旅行を経験する。そして、影人は大きな声では言えないが留年生だ。つまり、1度修学旅行に行っているはずだ。
「去年は確か京都だったと思うぜ。基本的にはウチの高校は京都、沖縄の交代制って会長・・・・・・今年卒業した先輩が言ってた気がするな。まあ、俺は修学旅行には参加しなかったんだがな」
「え!?」
影人のまさかの答えに、海公は思わず驚いた声を上げた。海公の声の大きさに隣にいた男子ペアたちは「なんだ?」と不思議な表情になる。海公は「あ、すいません」と隣のペアに向かって苦笑いを浮かべた。
「もしかして、ご病気でお休みになられたんですか? だとしたらすいません。配慮が足りませんでした・・・・・・」
「気にするなって。確かに病気で休んだが、俺の病名は仮病だからな」
「・・・・・・え?」
再びの影人のまさかの答え。それを聞いた海公は今度はポカンとした顔でそう声を漏らした。海公は影人の言っている事がよく分からなかった。




