第20話 二度目の変身(1)
『困りましたね、やはり陽華たちはラルバと接触したようです。昨日、私の所へラルバが来ました。東京バナナをお土産にして』
「そうかよ。・・・・・・つーか、昼寝中に話しかけてくるなよ」
影人は瞼を閉じながら、河川敷沿いのベンチで横になっていた。休日ということもあり、陽光を浴びながらゆっくり寝ようと思っていたのだが、寝ようとした瞬間にどこぞの女神の声が脳内に響いてきたのだ。というかなぜに東京バナナ?
『あなた今日は休日なのでしょう? なのに一人河原で昼寝とは・・・・・・友達はいないんですか?』
「うるせぇ、余計なお世話だ」
ソレイユの悲しみに満ちた口調に影人は鬱陶しげに答えた。馬鹿にしないでほしい。自分だって友達の一人くらいはいる。
『しかし、これでラルバ――守護者サイドに、あなたという存在がいるということが露見しました。一応、二人が私に会いに来たときに、スプリガンは守護者ではないだろうと言っていたのですけどね・・・・・』
だが、ソレイユのなけなしの牽制は功を成さなかったようだ。正直、守護者サイドにスプリガンの存在が露見するのはまだ後だと考えていた。
「・・・・・・まあ、どうでもいいだろ。どうせいつかはバレたんだ、気にするなよ」
ふああっと、あくびをして影人は長すぎる前髪の下から、瞼を開ける。雲がゆっくりと流れていくのを見ると、考えなんてちっぽけなものだと感じる。
『まったくあなたは・・・・・私が悩んでいるのが馬鹿らしくなってきますね。でも、確かにあなたの言うとおりですね』
どこか呆れたような感じでソレイユの言葉が響くが、影人はそろそろ眠くなってきて、再び瞼を閉じた。
そういえば、結局自分はまだ1回しか変身していないが、光司という守護者が現れたいま、自分が再び変身することはあるのだろうか。
眠気に襲われる中、影人はそんなことを思った。
この世界のどこか、辺りが闇に包まれた場所。そんな場所に溶けるように黒の喪服を纏い、闇に映える美しい白髪を揺らしながら、レイゼロールは考え事をしていた。
(日本にいたあの2人組の光導姫たち・・・・・・あれは『面倒なタイプ』だな)
レイゼロールは今まで何人もの光導姫たちと戦ってきた。中には自分がかなり苦戦した者たちもいた。あの2人組の光導姫は彼女たちと同じ目をしている。
それは正義を信じ、未来を信じ、人を信じる強い意志を秘めた瞳だ。そういった目をした者たちは例外なく強かった。
「・・・・・成長する前に早めに消すか」
ポツリとレイゼロールが言葉を漏らす。幸いあの光導姫たちはまだ成長途中だ、ならば消すのはそれほど難しくはないだろう。
「・・・・・・その役目、私にお任せください」
レイゼロールの前方から突如そんな声が聞こえてきた。そして、その声の主は暗闇から姿を現した。
長身の身綺麗な男性である。燕尾服のようなデザインの仕立ての良い服を着て、その怜悧な顔には単眼鏡を掛けている。
髪を綺麗に撫でつけた中世の執事を思わせるその男性は、恭しくレイゼロールにかしずいた。
「いたのか、フェリート」
「はい、レイゼロール様」
フェリートと呼ばれた青年は頭を垂れていたその頭を上げ、ニッコリと笑みを浮かべた。レイゼロールはその冷たい瞳をフェリートに向け、言葉を放った。
「任せろ、とはどういうことだ?」
「言葉通りでございます。闇奴を一体いただければ、私がその光導姫たちを殺して見せましょう」
穏やかな口調でゾッとするようなことを、平然とフェリートは述べた。その言葉を聞いたレイゼロールはふむと顎に手を当てた。
「・・・・・・なるほど、罠にかけるということか」
「はい、その通りでございます」
フェリートの言わんとしていることを察したレイゼロールは、しばし考えを巡らせた。そして、結論をフェリートに伝える。
「よかろう、確かにお前ならばあの光導姫たちを瞬殺できる。闇奴は・・・・・私が現地で生みだす」
人間を闇に堕とし闇奴にすることができるのは、レイゼロールだけだ。光導姫を罠にかけるためには、現地、日本で闇奴を生み出す必要がある。
「・・・・・しかし、お前はなぜ私が消そうを思ったのが光導姫だとわかった? しかも1人ではなく2人だと」
「ありがたき幸せ。――主人の思考ならば、理解するのが執事というものです」
「答えになっていないぞ・・・・・」
どこか呆れたような口調で、レイゼロールは自称執事を見た。その顔は相変わらず穏やかなままだ。
「まあいい、今回のターゲットがいるのは日本の首都、東京だ。そいつらはまだ、光導姫になって新しいだろうから、闇奴のレベルは最底辺にする。その闇奴を餌に光導姫をおびき出す。ここまではいいな?」
「はい」
「で、問題はお前の気配をどうするかだ。お前レベルの気配をソレイユが見逃すはずがないからな」
ソレイユは闇奴の気配を察知することができる。この場所はレイゼロールが、気配遮断の結界を張っているが、外へでれば話は別だ。そのソレイユがフェリートほどの気配を見逃すはずがない。もし、闇奴の側にフェリートがいたとすれば、罠だとばれ他の光導姫が来るはずである。
「・・・・・確かにそうですね」
「お茶目か貴様は。・・・・・まあ、それについては私がなんとかしよう。その代わり、確実に消してもらうぞ」
「ありがとうございます、ご主人様。してどのような策をお取りに?」
フェリートの言葉にレイゼロールは、ふっと笑ってこう言った。
「単純明快。二重の囮だ」




