第198話 触れてはならぬモノ(1)
「くくっ、俺の望みね。なんだ? さっきの1つしか分からなかったんじゃないのか?」
「ありゃ言葉の綾だ。お前の望みは俺には分からん。だから教えてくれよ。もしかしたら、お互いの望みが釣り合う、いい落とし所が見つかるかもしれないしな」
穏やかにあくまで平和的な姿勢を影人は取った。もし悪意の望みが受けいられるものであるなら、そこで話は終わる。そして、影人としてはその結果が最も望ましいものだった。
「まあ、いいぜ。教えてやる。――俺の望みは、完璧にお前の体を頂くことだ。帰城影人」
「っ・・・・・・・・!」
悪意がその望みを口にした瞬間、影人は悪意の底知れぬ欲望と自分に対する敵意を感じた。
「なあ、お前の体を俺にくれよ。本能が訴えてくんだよ、全部を壊せってな。で、俺の欲望を満たすためにはお前という自我が邪魔だ。だからおとなしく消えてくれよ? ほら、俺の望みは教えてやったぜ。落とし所は見つかったか?」
(こいつ・・・・・・!)
悪意の望みは影人としては到底受け入れられないものだった。悪意の望みを受け入れたとすれば、影人という自我は完全にこの世界から姿を消してしまう。そして悪意の言葉通りなら、悪意は自分の体を完璧に乗っ取った時、全てを、おそらくは人間も見境なく壊す。それだけは絶対に避けなければならない。
(ちっ、終わってやがる! この交渉に落とし所なんてありゃしねえ・・・・・! 交渉に乗ってくる可能性は低いとは思ってたが、予想の下を行きやがったッ!)
こうなれば、悪意と影人は純粋にどちらかが滅ぶまで戦い続けるしかない。それは「力」の手段。そして、影人が必要なら取ろうと思っていた方法でもあった。
「くくくっ! ねえよなぁ、落とし所なんて! お前も腹ん中では色々考えてたみたいだが、結局はこうなるんだよ! 分かってただろ!?」
「・・・・・・やっぱり、てめえは紛れも無い悪意か!」
「そうさッ! 何を今更ッ!」
影人がベンチから立ち上がり距離を取ろうとする。悪意もどこか狂気を含んだ笑みを浮かべ、影人から距離を取った。
「帰城影人! 今ここでてめぇの意識を殺してやるッ! そんでお前の体を貰うぜ!」
「やらねえし俺は死なん! 大人しく俺と共存しやがれッ!!」
「そいつは無理だぁ!」
悪意の周囲の空間が歪み、そこから闇色の鎖が複数出現した。闇色の鋲付きの鎖は、当然ながら影人へと狙いを定めていた。
その力はまるでスプリガンの振るう闇の力そのものであった。
「ちっ・・・・・・!」
舌打ちをしながら、影人はその鎖を避ける。影人の体(といっても仮初の肉体だが)は、さながらスプリガン時のように身体能力が凄まじいものになっていた。でなければ、今の鎖は普段の影人では避ける事など出来るはずがない。
「ああ? ちっ、身体能力の主導権はそっちってわけだ。『力』は当然こっちだが・・・・・・・・乖離してるってわけか。しゃらくせえ」
悪意の言葉は一見すると意味不明。だが、悪意の正体を知っている影人は、ここが精神世界という特殊な場所であることを加味して悪意の言わんとしていることを察した。




