第177話 悪意再臨(1)
(終わったわね)
離れた場所からスプリガンを見つめていたキベリアは、2秒後にスプリガンに訪れる死を予見した。あそこからでは何をどうしても死ぬしかないだろう。
だからキベリアは軽い伸びをした。次の瞬間にはスプリガンの死体ができあがっている。闇人ではない、闇の力を扱う謎の男の死体を弄れる事を楽しみに思いながら、キベリアが一瞬外していた視線をスプリガンに向けると、思ってもみなかった光景が広がっていた。
「え・・・・・・・・・・?」
呆気にとられたように、思わずキベリアはそんな声を出してしまっていた。
なぜなら――そこに広がっていた光景はあり得ないものだったからだ。
「――ちっ、やっと体を渡しやがったか。ギリギリまで抵抗しやがって」
100の鋼のナイフも、炎の騎士も、水の騎士も、雷の騎士が放った雷の矢も全てが止まっていたのだ。
「危ねえなぁ。後ちょっとでまた死んでたぜ。ったく、お前が死んじまったらこっちも困るって前も言ったはずなんだがな」
先ほどとはまるで違う人物のように、そう言葉を紡いだスプリガンは後数ミリで自分に届いていたであろう、燃える剣や水の槍、雷の矢などに視線を移した。
「ど、どういうこと・・・・・・・・? まさか時を止めたというの!? いや、そうであるなら私が動けているのはおかしい。いったい何が――」
驚きから立ち直ったキベリアは、今度は目の前の現象への疑問へと駆り立てられた。まるで時が止まったかのように動きを止めた自分の攻撃物。魔女であるキベリアにもこの数秒で何が起こったのかは分からなかった。
「あ? んなもん『停止』の力に決まってんだろ。闇の数ある性質の1つだぜ。まあ、さすがに生き物は停止出来ねえが、命を持たねえもんなら出来ねえこともねえよ」
キベリアの言葉を聞いていたのか、スプリガンはそう言葉を返してきた。その表情は「何を当たり前の事を聞いてるんだ」と言わんばかりだ。
「『停止』の力・・・・・・・? 闇の性質の1つ・・・・? どういうこと? 闇の力の性質は1人1つのはずよ。その言い方だとまるで・・・・・あなたが複数の闇の性質を扱えるように聞こえるけど?」
「そう言ってんだよ。お前ら闇人は闇の性質を1つしか使えねえみたいだが、俺は別だ。てめえらとは、力の次元が違う」
スプリガン、いやキベリアが知る由はないが、スプリガンの体を乗っ取った悪意は、見下したようにキベリアを見つめて来た。あからさまにスプリガンが見下している事に気づいたキベリアは少し苛ついたように表情を変えた。
「・・・・・・・・さっきまでただただ逃げる事しか出来なかった男が随分と偉そうね。いいわ、あなたの言う事が本当ならとても興味深いし、早く解剖しましょう。ただし、生きたままね」
ニィと凄絶な笑みを浮かべるキベリア。その笑みはまさに魔女と呼ばれるのに相応しい笑みだ。
(急に態度が変わったり、力を使い始めたり、不審な点はあるけれど、今はそれは置いておきましょう。ふふっ、ようやく楽しくなって来たわ)
内心、気持ちが高揚するのを感じるキベリアに、スプリガンは呆れたように言葉を呟いた。
「・・・・・・はぁー。アホだなお前。俺と意識の綱引きをして、力を使えなかったあいつを殺せてねえ時点でお前の程度は知れてんだよ」
いっそ憐みの表情を浮かべながら、悪意は言葉を続けた。
「来いよ雑魚。身の程を教えてやる」