第173話 それはとても簡単なことで(1)
「4の氷、6の鋼」
キベリアの周囲から氷の弾丸と、鋼の短剣が出現した。闇が広がる空間に展開したそれらの攻撃物は、対面の影人に飛来してきた。
「――闇の弾丸、闇の短剣」
影人はその攻撃に自分も同じ物を創造して対応した。氷の弾丸と闇の弾丸が激突し、鋼の短剣と闇の短剣が激突し、闇色の地面へと落ちていく。
「・・・・・・・・噂通りの力ね。うん、いいわ。とっても興味深い。決めた、レイゼロール様に首を差し出す前にあなたを解剖しましょう。ああ滾ってきたわ!」
(イカれてやがる・・・・・・・・)
キラキラとした瞳で自分に好奇の視線を向けるキベリアに、影人が抱いた感想はそれだった。
(というか、この空間は本当にどうなってるんだ? 立ってるってことは地面はあるんだろうが・・・・・・)
自分と目の前の闇人以外は全てが黒で塗りつぶされた空間に軽く意識を向け、影人は分析を試みた。地面という概念はあると仮定する。では距離という概念は?
(あるにはあるんだろうが・・・・・・・この空間のせいで明確な距離感は掴めんな)
自分と敵以外が全て黒色ということもあって、距離感がどれほどあるのか全く分からない。そして、戦いにおいて距離感の把握が出来ないということは、致命的なミスに繋がりかねない。
「闇の刀――」
とりあえず、自衛用に日本刀を創造しようと影人はそう呟こうとした。だが、その瞬間何かの意志を影人は感じた。
奪い、侵食しようとする何かの意志を。
「っ!?」
初めての感覚に影人は戸惑った。自分の中から何かが干渉してくる。そしてそれは明確な悪意を持っていた。
「? あら隙だらけね。1の炎、焚べゆく番人へと変化する。3の雷、疾れ」
急に片手を頭に当てて、隙が見えた敵をキベリアは見逃さなかった。キベリアは己の力を使い、炎で出来た剣を持った甲冑の騎士のようなモノを創造し、スプリガンめがけて雷の矢を複数発射した。
「ちっ・・・・・・・!」
その意志に抗いながら、なんとか雷の矢を回避する影人。だが、完全に避けることは敵わず、左の肩口に雷の矢が掠った。
当然、攻撃はそれだけで終わらず炎の騎士が影人へと向かってくる。燃え上がる剣を振り上げる炎の騎士に対応しようにも今の影人はそれどころではない。影人は力を振り絞り、なんとか後方へと大きく飛んだ。炎の騎士の剣が数瞬前まで自分のいた空を斬った。
(くそがッ・・・・・・・・! 気を抜くと速攻で意識を持って行かれそうだ・・・・・・! 今まで俺の体を乗っ取った事のある何かが、俺に干渉してきたのか!?)
まるで見えない綱引きをしているようだ。しかも力は拮抗しており状況は五分五分といったところ。そのため、集中力は必然的に己の内側に割かねばならない。これでは戦いどころではない。
(状況は最悪だ。今の状態が続けば間違いなく俺は負ける。相手が雑魚ならともかく、こいつはフェリートクラスの闇人だ)
キベリアの事を事前にソレイユから聞かされていたので、その実力は分かっていた。闇人キベリアは、遠距離攻撃を得意とする魔法を使う闇人。本来なら一瞬たりとも気を抜けない相手だ。
(つーか、こうやって思考するだけでも中々キツい。普通なら貰わないような一撃ももらっちまってるし)
左の肩口は痺れたような感覚が広がっている。左腕も少しだけだが、反応が鈍い気がする。
「・・・・・・・・・お前、魔法を使う闇人なんだってな」
出来るだけ自分の状態を悟らせないためにも、時間を稼ぐためにも影人はキベリアに言葉を投げかけた。




