第168話 魔女と少年たちの葛藤(4)
「さてさて、東京に現れてみたはいいけど、獲物はかかるかしら?」
夕日が沈もうとする開けた森林の中、キベリアは浮かぶ箒に座りながら大きな伸びをしていた。その仕草で赤色の髪が少し揺れた。
(うん。力を解放して使うのは、けっこう久しぶりだったけど、我ながら完璧な変化ね)
今のキベリアは深緑色の長い髪ではなく、赤色のショートカットな髪になっている。服装は黒いドレスにトンガリ帽子のままだが、胸部もグラマラスなものではなく、いわゆる貧乳と呼ばれるほどに落ち着いている。これらの変化は全てキベリアの魔法によるものだ。
キベリアは光導姫や守護者と戦う際は、このようにいつも変化している。ゆえに光導姫、守護者側が知っているキベリアは今の赤髪のキベリアということになる。
ではなぜキベリアは変化しているのか。その理由はキベリアの十闇としての仕事が関係している。キベリアは普段世界中を旅して、レイゼロールの探し物を探している。その際、キベリアは普段の深緑色の髪で行動するのだが、その間はキベリアは闇人としての力を使えない。それは他の十闇も同じだ。
ゆえに十闇は普段は力を使えない一見するとただの一般人に見えてしまう。十闇は世界に散らばる際、闇人としての力を封印しているからだ。
封印の理由は女神ソレイユの感知から逃れるため。力を解放した状態で世界を放浪すれば、ソレイユはすぐさま闇人の気配を察知し、光導姫などを送りこんでくる。そうなれば探し物どころではない。
ただこのように変化しているのは、十闇の中ではキベリアだけだ。他の十闇はいっさい姿を誤魔化さない。キベリアは用心深いから一応変化しているだけ。
唯一、フェリートだけがレイゼロールの側を離れず力を解放したままだったが、ゼノを捜しに行ったという事なので(レイゼロールから聞かされた)力は封印されただろう。
(封印って面倒だわ。レイゼロール様に力を封印してもらうのも、力を解放してもらうのも丸一日かかるし)
逆に言えば、それほど綿密に時間を掛けなければ、闇人の大き過ぎる力を封じることも解放する事も出来ないということなのだが。
キベリアがそんな事を暇つぶしがてらに考えていると、2人の少女と1人の少年が姿を現わした。
「ああ、やっと来たの。待ちくたびれたわ」
キベリアが視線を地面に向けると、そこには2人の光導姫と1人の守護者が警戒に満ちた瞳で自分を見上げているところだった。
巫女服のような装束の光導姫に、エメラルドグリーンのフードを被った光導姫。守護者は白色を基調としたどこかの王子然とした守護者だ。
「・・・・・・・・最上位の闇人が1人、キベリア。あなたと会うのは初めてですね」
「そうね。でも、あなたのことは知ってるわよ。確か『巫女』だったかしら? 冥が珍しく褒めてたもの。『あいつは中々骨がある』ってね。まあ、他の2人は知らないけどね」
『巫女』――風音の言葉にキベリアは微笑んだ。冥とはキベリアと同じ十闇の1人で、過去に札のようなものを周囲に浮かせた光導姫と闘ったことがあると聞いていたため、それでこの光導姫が『巫女』という実力者であるとわかったのだ。
「・・・・・・・全く、最近はどうなってるんだろうね。フェリートにレイゼロール、キベリアがこの短期間で東京に出現するなんて」
「それは分かりません、光導姫アカツキ。ですが・・・・・・・奴が僕たちの敵であることに変わりはありません」
アカツキ――暁理の言葉に、騎士――光司がそう返した。光導姫ランキング4位に25位。それに守護者ランキング10位。そうそうたる実力者たちが油断なくキベリアに視線を向ける。いつでも戦いは始められるといった雰囲気だ。
(レイゼロール様の話では、スプリガンなる人物は光導姫と守護者との戦いに姿を現わすことがあるとのことだけど・・・・・・・)
キベリアは辟易とした感じで改めて3人を観察した。気配でわかる。いずれもそこらの雑魚ではなく普通に強い。その中でも『巫女』という少女は別格の気配だ。
はっきり言ってしまえばこの3人と戦うのは、面倒というほかない。戦闘狂ならいざ知らず、キベリアは戦いは面倒と感じる派だ。
(まあ、でも一応戦うしかないかしらね・・・・・・・)
別にキベリアがこの3人に負けるということはない。キベリアも最上位の闇人の1人、相応の実力はあるのだから。
だから仕方なくキベリアはこう宣言した。
「――おいで、子供たち。遊んであげるわ」
「闇人、キベリア。あなたを浄化します」
風音が代表してそう返した。風音の言葉で光司も暁理もそれぞれの剣を構える。
闇人、光導姫、守護者。最上位同士の戦いが始まった。




