第16話 男神ラルバ(1)
光司と明夜とスイーツを食べた翌日、陽華は物思いに耽っていた。
今は午後の授業中だが、陽華の思考は授業には全く関係ないものだ。
(香乃宮くん、ラルバ様って方に会わせてくれるって言ってたけど、いつになるのかな・・・・)
無論わかっているのだ。光司にそのことを頼んでまだ数日しか経っていない。そんなにすぐにはラルバには会えないだろう。
ましてや陽華が会いたいと言っている相手はソレイユと同じく神だ。
だが、陽華には早る気持ちが抑えられない。理由は一つ。もういちど、彼に会いたいからだ。
(スプリガン・・・・・)
自分を助けてくれた謎の男。光導姫に変身した自分と同じく、人間離れした身体能力に不思議な力を持つ存在でもある。陽華が彼について知っているのは、『スプリガン』という名前だけだ。きっとスプリガンというのは本名ではないだろう。だが陽華は彼をその記号でしか呼ぶことができない。
(私、最近あの人のことばっかり考えてる)
彼に助けられ、出会ってしまったあの日から、陽華はスプリガンのことを考えない日はなかった。彼のことを考えていると不思議な気持ちになる。胸のあたりが暖かく、心臓がいつもより速く鼓動を刻んでいる気がする。
(・・・・変な気持ち)
この気持ちが恋なのかどうか陽華にはわからない。もしかしたら恋かもしれないとは何度か思ったが、やはり陽華には確たる気持ちはわからない。
なぜなら陽華は今まで恋というものをしたことがないからだ。周囲の女子達が恋に興味を示しだしたときも、陽華はおいしいご飯と体を動かすことに興味を引かれていた(それは今もだが)。
そんなわんぱく小僧のような性格を今の今まで貫いてきたせいで、陽華は自分の気持ちがわからない。なんとまあ、情けないことだろうか。
(・・・・・・・というか、そのラルバ様がスプリガンのこと知ってるかも、まだわからないんだよね)
光司という守護者を見て、陽華はスプリガンが守護者だと推測しているが、実際にスプリガンが守護者かどうかはわからない。
本当に彼は謎の存在だ。
(また・・・・・・会えるかな)
気がつくと、授業終了を告げるチャイムの音が響いていた。
「あ、朝宮さんに月下さん」
授業が終わり、家に帰るべく正門を潜ろうとすると光司が声を掛けてきた。どうやらここで自分たちを待っていたようだ。
「どうしたの香乃宮くん?」
明夜がキョトンとした顔で光司の顔を見る。今日は書道部が休みなので陽華と一緒に帰ろうとしていたところだ。
風洛の名物コンビと有名人の会話に、下校しようとしていた生徒たちは興味を引かれたようで、3人に視線が集まった。
「ちょっといいかな?」
光司はそう言うと、どことなく歩き出した。どうやらついてこいということらしい。
陽華と明夜はお互いに顔を見合わせると、うなずき合い光司の後に続いた。光司と知り合いになって以来、光司は信頼できる人物だということは二人ともわかっていたので不審な気持ちはない。
しばらく光司の後をついて行くと、光司はとある喫茶店の前で止まった。
住宅街の中にポツンとある古い外装の喫茶店である。煉瓦造りで、入り口の横に「しえら」とかすれた文字で記してある。どうやらそれがこの喫茶店の名前のようだ。
「ここだ、入ったら説明するから、もう少しだけ我慢してほしい」
光司は振り返って申し訳なさそうに言うと、喫茶店の扉を開けた。チリリンと心地よい鈴の音が響く。
光司が扉を持ってくれているので、二人は礼を言うと中に入った。
正直、陽華と明夜はこんな所に喫茶店があること自体知らなかったが、中は至って普通の喫茶店だった。ただ店内にはお客は誰もいない。
カウンターがあり、そこには固定されたイスが5台ほど並んでいた。テーブル席は四人掛けが2セット、2人掛けが2セットという定番のレイアウト。どこからともなく聞こえてくる、クラシック音楽。
「・・・・・いらっしゃい」
光司が扉から手を外し、バタンと扉が閉まると、そんな声が発せられた。
その声がした方向を見ると、そこには一人の女性がいた。
グラスを磨きながら、こちらに目だけ向けてくるその女性は、一言でいうと暗い感じだ。ただ、その濡れるような黒髪に、全く日に当たっていないのではと疑うような白すぎる肌に端正な顔のせいか、「薄幸の美人」という表現がピッタリな感じの人である。
「こんにちは、しえらさん」
光司が爽やかな顔でしえらと呼んだ女性に挨拶する。それに対し、しえらと呼ばれた女性は「・・・・・ん」とだけ言って、再びグラス磨きに戻った。
「・・・・・もう奥に来てるよ」
「ありがとうございます。朝宮さん、月下さん、こっちだ」
ボソッとしえらがこぼした言葉に、光司は感謝の言葉を述べると、二人を先導して喫茶店の中を進んでいく。
てっきりここで座って何か説明を受けるものだと思っていた二人は、困惑しながらも、光司に続く。光司はそのまま奥の方のトイレがある通路まで行くと、正面の関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートの扉を開けた。
「香乃宮くん!? ここ入ったらダメなんじゃ・・・・・」
「大丈夫だよ」
明夜の心配の声に光司は笑って返す。扉が開かれると、突然暖かな光が陽華と明夜の視界を覆った。
「! わあ・・・・・!」
「すごい・・・・・」
「ははっ、確かに初めては驚くよね」
そこには美しい庭園が広がっていた。色とりどりの花に、手入れされた木、それらが日の光を浴びて、キラキラと輝いている。
そんな幻想的ともいえる庭に二人は少し見とれていると、どこからか声が聞こえた。
「いい庭だろ? 俺も気に入ってるんだ」
そんなセリフと共にこちらに近づいてきたのは一人の青年だ。
年の頃は20代くらいだろうか。パーカにジーンズというラフな格好の年若い青年だ。ただ、他と違う点を挙げるとすれば、彼が絶世ともいえる美青年というところか。
おそらく地毛であろう金色の髪は、陽光を受けそれ自体が輝いているのではないかと錯覚するほどで、その瞳は蒼穹の空を閉じ込めたような青。顔はまるで作り物のように完璧なバランスだ。だが、彼が作り物でないと証明するように、その顔には笑みが広がっている。どことなくヤンチャ坊主を想起させる笑みだ。
そんな完璧で絶世の美青年の姿に陽華と明夜は言葉を失った。彼の前では芸能人やアイドルですら霞んでしまうだろう。
「はあ・・・・全く、二人とも驚いているじゃありませんか」
「え? 何でだよ?」
「あなたの見た目のせいです!」
光司が珍しくその礼儀正しい態度を崩して、その青年と話している。そして、気を取り直したように、陽華と明夜に向き直る。
「コホン! ええと、ごめんね朝宮さんと月下さん。まずはこの方の紹介だけど、――このお方が、僕たち守護者の生みの親、いや神か。男神ラルバ様だ」
「「え?」」
突然のその事実に陽華と明夜はそろって声を上げる。
「やあ、うら若き光導姫のお二方。俺がラルバです。以後、お見知りおきを」
ラルバは丁寧に二人に向かって腰を曲げると、まるで執事のように挨拶した。
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
美しい庭園に二人の絶叫がこだました。
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