第153話 嘲る暴嵐(1)
「レイゼロールだぁ? 何でてめぇが・・・・・・・」
上空で訝しそうに片目をつり上げた謎の存在は、突如として現れたレイゼロールに視線を向けた。
「・・・・・・理由は述べた。貴様には関係のないことだ」
レイゼロールはアイスブルーの瞳で、スプリガンを、その体にいるモノを見上げる。その瞳は、普段の無感情なものとは違い、怒りの色が存在していた。
「・・・・・・我の執事をこんな目に合わせてくれたのだ。代償は高く付くぞ、スプリガン」
「はっ、笑わせんなよ。この前ボコボコにしてやったのに、何をイキってるんだ白髪ヤロウ?」
「っ・・・・・・?」
その嘲りを含んだ言葉に、レイゼロールは違和感を覚えた。レイゼロールはこれでスプリガンと対峙して3度目だが、今日のスプリガンは今までとは何かが違っていた。
「レイゼ、ロール様・・・・・・・」
「・・・・・お前に言いたい事はあるが、話は後だ。今は――」
「違うのです・・・・・・・・! 今の奴は、あれは、私たちの知っている、スプリガン・・・・・では、ありません」
言葉も絶え絶えに、フェリートは主人にその事を報告した。先ほど回復で、傷を修復したというのに、あのスプリガンの体を乗っとっている謎の存在に蹴りを2発もらっただけで、言葉を出すことすら苦しい。
「・・・・・・どういう事だ?」
「詳しい、ことは・・・・・・・・分かりません。ですが、あれは・・・・・・・スプリガンではない・・・・・・・!」
フェリートの言葉に眉を潜めるレイゼロール。彼女にはフェリートの言っている言葉が理解できなかった。
「つまらねえ話はよ、それくらいで頼むぜ。こっちはやっとこさ完全に表に出て来れたんだ。刺激が欲しいのさ」
パチンとスプリガンが指を鳴らすと、周囲の空間から、はたまた地面から異形の怪物たちが闇から出現した。
「っ・・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・無詠唱。この前と同じか」
フェリートは異形の怪物やその物量に驚いているようだったが、レイゼロールはその事にはさほど驚いてはいないようだった。
「――さあ、暴れようぜ」
羽や複数の口、腕や足の生えた異形の怪物たちは耳障りな声を上げて、レイゼロールたちに襲いかかった。
「・・・・・・・・・」
レイゼロールが軽く左手を横に振った。その動作でレイゼロールの造兵が複数体出現した。骸骨兵たちはカラカラと音を立てながら、怪物たちと戦闘を開始した。
『フェリート。聞こえるな?』
「っ・・・・・・は――」
レイゼロールの声が脳内に響き、フェリートは反射的に返事を返そうとした。
『返事はいい。今から我が一方的にお前の中に語りかける。お前は黙って聞いていろ』
レイゼロールと闇人の間には見えない経路のようなものが存在する。レイゼロールはその経路を通して、闇人との念話が可能だ。だが欠点もあり、この念話はレイゼロールからの一方通行でしか成り立たない。
『我は今スプリガンと戦うつもりはない。ゆえにすぐに撤退したいところだが、無理矢理にお前のところに飛んできたから、あと1分は転移が出来ない。だから1分間は我がお前を守ってやる。お前を回復してやりたいが、その余裕はなさそうだからな。もう少し待っていろ』
「そ・・・・そんな、恐れの、多いこと、は・・・・・・・・!」
どこに主人に守られる執事がいるだろうか。それに今の事態はフェリートの独断が招いた、ただの自業自得だ。フェリートの心は罪悪感と申し訳のない気持ちで張り裂けそうだった。
『黙っていろと言ったはずだ。お前は我の駒。ここで失うわけにはいかん。・・・・・・・ただし戻れば、お前にはそれ相応の罰は受けてもらう。それは覚悟しておけ』
レイゼロールが造兵たちから抜けてきた怪物を闇の腕で粉砕する。氷のように美しい自分の主人を見上げ、フェリート一筋の涙を流した。
「はい・・・・・・・・!」
闇人になって涙を流したのは、きっとこれが初めてだ。フェリートは力を振り絞り、なんとかその涙を拭った。今の自分が涙など流してはならない。
「まあ、雑魚じゃそうなるよな。ほんじゃあ――」
スプリガンの真横に昏い空間のゆらぎが生じる。そしてスプリガンはそのゆらぎの中へと姿を消した。




