第145話 死闘、再び(1)
「・・・・・・・強気ですね、スプリガン。1度私に勝ったから余裕というわけですか?」
「御託はいい。さっさとかかってこいよ・・・・・」
苛立ちから影人は珍しく強気な言葉を連発していた。しかし、状況の把握は忘れてはいない。
提督がこの場から立ち去ったことで、人払いの結界は消え去った。それはすなわち、一般人がこの辺りにやって来るというわけだ。本来なら、そのことを考慮しなければならないのだが、都合がいいというべきか、この周囲には人家は見受けられないし、人の姿も闇奴化していた人間以外はない。
つまりはあの倒れている少女の安全さえ確保すれば何の憂いもなく戦えるというわけだ。
「闇よ。彼の者を彼方へと運べ」
「っ・・・・・・!?」
フェリートはその言葉を聞いて身構えたが、それは意味のない行動だった。
気を失っている少女の周囲に黒い腕が複数出現し、少女の体を持ち上げる。そして腕はそのまま地面を滑るように移動して少女を遠くへと運んでいった。
(これで大丈夫だろう・・・・・)
イメージしたのはここから遠く安全な場所。要するに戦いの行う場所の範囲外だ。だから、少女が目を覚ました時に場所が分からないということはないだろう。
「意外とお優しいんですね。闇奴化していた人間を気にかけるなんて」
「・・・・・・・邪魔だっただけだ。それよりお前の右手は凍ったままだが、ハンデでもくれてやろうか? 別に俺は構わないぜ、お前程度にハンデをやるくらい」
あえて嘲るように影人は言葉を紡ぐ。苛立ちから強い言葉を使ったのもあるが、これはフェリートを挑発する意味合いの言葉の側面の方が強い。
(これで多少でも苛立たせりゃ御の字だ。あいつを本気で怒らせたいなら、レイゼロールのことをバカにすりゃ一発だが、それはまだリスクが高い)
フェリートは強い。言葉では影人は雑魚と言っているように等しいが、1度フェリートと戦っている影人からしてみれば、それは明確な嘘だ。では、なぜこんなことを言ったのかというと、理由は簡単だ。
苛立てば行動が大振りになる。影人はその隙を狙おうと考えていた。
(確かに今の俺もかなり苛立ってるが、まだこんな思考を出来るってことは、冷静な部分もあるってことだ。なら苛立ちを上手い具合に強きな択を取れるように利用する)
自己の客観視。影人はしばしば、己を客観的に見つめ直そうとする。しかも多くはスプリガン時、つまりは戦いの時だ。ではなぜ影人はそれを行うのか。
そうでなければ、命がかかっているスプリガンの戦いでミスを犯す可能性が高くなるからだ。そして影人の場合、そのミスは命を失うことに直結する。
ゆえに影人はそれが必要だと、スプリガンになって初めて戦った時から考えていた。
「言ってくれますね。どうしましたスプリガン? 今日はやけに強気・・・・・・・いや、苛立っているように見えますが」
そんな影人の思惑は見事に外れたようだ。フェリートはニコニコと笑みを浮かべながら、的確に影人の心情を図ってきた。
(っ・・・・・・・よく見てやがる。やっぱりこいつはやりにくいな)
心情を言い当てられた影人は、その事に驚異を感じつつもフェリートに言葉を投げかけた。
「――そいつは気のせいだろうな。今の言い方だとハンデはいらないってことでいいんだな?」
「ええ、不要です。――執事の技能、壊撃」
フェリートはナイフごと凍っていた自分の右手を、胸の前に掲げた。すると、何の前触れもなくその氷にヒビが広がり、フェリートの右手を覆っていた氷は砕け散った。
「この通り、何の問題もありませんので」
「・・・・・・・・・性格の悪い野郎だ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
一見軽口をたたき合っているようにも見えるが、それはただの錯覚だ。
実際フェリートは殺気をスプリガンに飛ばしているし、影人はフェリートの一挙一動を金の瞳で見つめていた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
月の光が2人を照らす。こうして2人が向かい合うのは、これで2度目だ。
ぬるい風が吹く中、先に動いたのはフェリートだった。




